連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話
「ねぇ。なんで墓碑が、長岡忠治という名前なの。
どこを見ても、国定とは書いてありません」
「良い質問だ。
忠治が生まれたのは佐波郡の国定村だが、本名を長岡忠治郎という。
姓を名乗ることが許されてされているということは、
長岡家が、比較的豊かな農家の印だ。
忠治はそこの2番息子として、この世に生まれてきた。
鎌倉幕府を滅ぼした新田一族の血を引くか、その家来の一族とも
言われているが事実は、いまのところ証明されてはいない。
だがとにもかくにも群馬県人は、国定忠治が大好きだ。
群馬県は福田親子や、中曽根氏、小渕氏と4人もの総理大臣を輩出したが、
彼らを抑えて知名度NO-1の人気者は、やくざの国定忠治だ。
俺も・・・・あやかりたいものだな。忠治の人気に」
「ボランティアもやっているし、原発労働者の救済をしているじゃないの。
立派だと思うわ、岡本のおっちゃんは」
「馬鹿野郎。立派なやくざなんか、この世の中にいるものか。
やくざは極道と呼ばれ、人の道に外れた生き方をしている。
世の中の役になんか、これぽっちも立っちやいない。
だいいち。国定忠治とはスケールが違う。
忠治といえば、重税と悪政であえいでいた村人たちを救うために、
悪代官どもを切り捨てたことで知られている。
幕府を敵に回して、楯ついたことになる。
無責任で煮え切らない態度を繰り返しているくせに、勝手な言い分で、
電気料を値上げをしておきながら、自分だけのことを考えて
柏原発の再稼働まで画策している東電の社長を、問答無用で一刀のもとに、
たたっ切ったようなものだ。
政策そっちのけで、駆け引きに明け暮れている国会へ乗り込んで行って、
庶民の暮らしを苦しめる、消費税の引き上げを止めさせるために、
野田総理の首根っこを締め上げて、『庶民を苦しめるのもいい加減にしろ!』
と、啖呵を切る様なもんだ。
逆立ちをしたって、俺には、そんな真似は出来ねぇよ」
「なるほどねぇ。だからアウトローだというのに、それほどまで庶民に
支持されていたんだ。忠治さんという、上州の博徒は」
忠治の墓に線香あげ、手を合わせた岡本が傘を持って立ち上がる。
一理塚の木立ちの向こう側へ歩いてから、響を手招きする。
「よく見てみろ。お前さんはここから、いったい、どんな景色が見える」
と周辺の景色を指でしめす。
「景色がどうって、言われても・・・・
たくさんの田圃と畑が見えます。所々に住宅地が有りますねぇ。
真っ正面に、忠治が潜伏したという赤城山が、どんとそびえています。
でもそれ以外、これといったものは何も見えません。私には・・・・」
「それが正解だ。
見渡す限りに田圃と畑が有る。民家なんか点々と有るだけだ。
デンと正面にそびえている赤城山から、真夏になれば雷雲が発生する。
毎日のように、夕立があちこちに雷を落として回る。
真冬になれば日本海からやって来た季節風が、山の裏手に大量の雪を降らす。
乾いた空気は、一気に赤城の山肌を吹き下ろしてくる。
からっ風が吹き荒れる季節になると、とてもじゃないが寒すぎて、
手が冷たくて、外で農作業することなんかできねぇ。
群馬のヒ―ロ―と呼ばれている国定忠治が活躍していたのは、
封建時代だ。、まして、悪政が進んだ江戸時代の末期のことだ。
田んぼと畑で作りだされた米と麦のほとんどが、高い年貢で消えちまう。
わずかに残った穀物が、百姓たちの食糧だ。
忠治は農家の次男坊に生まれながら博徒になったが、
若いころから人望は有った。
日光の円蔵をはじめ、おおくの優秀な小分たちが集まった」
岡本が、周囲の畑に向かって両手をひろげる。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話 作家名:落合順平