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連載小説「六連星(むつらぼし)」第81話~85話

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 「忠治は、若いうちから一家を率いた。
 修業に出された新田郡の周辺を手始めに、最終的には赤城山を中心に、
 上州の東半分を完全に支配した。
 庶民たちのために、悪代官やお上などに楯ついたと言うのは、
 後になってから作られた美談だ。
 だが村が飢饉に襲われた際、私財をなげうったという記述が残っている。
 すすんで窮民を助け、湖沼の浚渫工事なども、引き受けた話も残っている。
 いずれも忠治の、義賊伝説を裏づけるものだ。
 忠治の生き様と、思想を色濃くしめしている。
 弱い者には常に優しく、権力者には反発していく姿勢と行動には、
 庶民から、多くの支持が集まった。

 それの象徴が、2度にわたる関所破りだ。
 渡世の仁義のため、喧嘩の助っ人で旅立った忠治が小分ともども
 信州へ至る関所を行きと帰りの2度にわたり、関所破りをした。
 自由な移動は、きわめて厳重に制限されていた時代だ。
 生まれた在所からの逃亡は、謀反と同じに扱われる大罪だった。
 関所破りは、世の中の秩序を破る最大級の犯罪だ。
 これが忠治が背負った罪状だ。
 そのために常に幕府から追われる身になる。
 40歳を過ぎた頃、幕府に捕えられ、関所破りの地で処刑されて
 果てたと言うのが、忠治の人生のあらすじだ」

 「悲劇のアウトロー、そのものですねぇ
 でも、たしかに上州人らしい気質を物語るエピソードです。
 憧れを感じるし、生き方に共感できそうな部分が、私にもありそうです」

 「そんな忠治は・・・・おおぜいの上州の女たちに支えられていた。
 男は外で大勢の敵と戦う。
 女たちは地道に家庭内で暮らして、常に男たちを支え続けた。
 太古のころから上州の女は、良く働いた。
 春から秋にかけて大量に収穫される蚕の繭は、真冬になると
 女たちによって、絹のもとになる生糸になる。
 さらにせっせと機を織り、たくさんの絹を生み出した。
 だからよ。かかぁ天下の国と呼ばれているんだぜ。上州は」

 「ふぅん・・・・でも残念ながら私は湯西川で、生まれました」

 「そうだ・・・・お前が生まれたのは、湯西川温泉だ。
 清子がお前さんを産んだのは、20歳の初夏だった。
 お前を産んだ後。清子は、舞にひたすらに精進しはじめた。
 何かが、ふっ切っれたんだろう。
 お前を育てるため、必死で芸の修業をはじめたのかもしれん。
 言い寄ってくる男たちに目もくれず、ひたすら舞いにとりくんだそうだ。
 それからわずか4年。清子は湯西川の踊り手たちを飛び越えて、
 『舞なら清子』と言わせるまでに、上達したそうだ。
 成し遂げることができたのは、おそらく清子の、母としての覚悟だろう。
 お前さんを自分の手で、育て上げたいと願ったためだろう。
 子持ちの芸者が男への執着を捨てて、芸事に精進したんだぜ・・・・
 すごい女だ、清子と言う芸妓は」

 「母の背中は凄いと、実は、わたしも感じています・・・」
 
 「笑い話が、ひとつ残っている。
 バブル絶頂の頃の極道は、ボロ儲けをして、誰もが大金を持っていた。
 極道が大金を持てば、2号を作るか、愛人を囲い込む。
 男のステータス、というやつだ。
 芸も達者で、器量も良かった清子は、極道の間でも評判が良かった。
 清子を自分のモノにしたかったある組の総長が、一千万の札束を
 目の前に積んで、清子を口説いたことが有る。
 この金をすべてやるから俺の愛人になれと迫った総長に、
 清子が笑って答えたそうだ。

 『お金で買えるモノはこの世に沢山ありますが、これほどまでの
 大金をつぎ込み、田舎の温泉芸者を囲ったとしれれば、
 親分さんのお名前に傷がつきます。
 呼ばれればいつでも、清子は喜んでお座敷に飛んでまいります。
 どうぞ清子の舞いだけを見て、楽しいひとときをお過ごしください。
 湯西川の芸者は、すこぶる不器用者です。
 ひとつのことだけに、生涯をかけて精進いたします。
 舞い、それが清子の命です。
 それ以外に、清子の望みはありません。
 野暮はなさらずに、わたしの舞いだけを、心いくまでご賞味ください。
 未熟な芸ですが、清子は命をかけて舞っていきます。
 駄目というのなら、後ほどまた、技を磨いてあらためて出直してまいります。
 覚悟のほどをお見せいたしますので、どうぞごらんください。
 そう言って半畳舞のひとつ、『黒髪』を、見事に舞って見せたそうだ」

 「半畳舞いの黒髪?
 普段お座敷で踊る舞いとは、また別な踊りなのかしら。初めて聞きます」

 「華やかに舞うお座敷舞いとは、一線を画すものらしい。
 主に上方で発達してきた、女舞いだ。
 地歌を題材に、女の内面に潜む憂いや悲しみを畳一枚のスペースで踊る。
 熟練した技巧を必要とする、難しい舞いだ。
 しかしそれが、清子がもっとも得意とする舞いのひとつだ」

 「・・・・どんな舞いなのですか、その黒髪って」

 「おっ良い反応だ。食いついてきたな、響。
 黒髪は地唄の中で、最も愛されている曲の一つだ。
 恋しい人に捨てられた、女の淋しさを舞いにしたものだ。
 雪の降る夜、一人で過ごしながら、女が黒髪をけずる。
 昔のことを思い出し、去っていった人のおもかげを求めても
 得られぬわびしさに、そっと涙する場面をえがいたものだ。
 外に雪が、しんしんと降り積もる情景が、なんともうら寂しい。
 おっ、おっとっと・・・・本堂で坊主が呼んでいる。
 読経が始める時間らしい。
 話の続きは、そいつの後にしょう。
 とりあえず、山本の供養が先だからな。行こうぜ、響」

 (86)へつづく