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みやこたまち
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牧神対山羊(同人坩堝撫子4)

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「九十九!」
 という里見の声が、闘戯場にこだました。浴衣をはためかせて、修行者が一人もんどりうって廊下へ弾け飛んだ。
「次!」
 里見は構えを整えて、再び叫んだ。
 それに「オオウ」という野太い声が答えると、部屋を埋め尽くした群衆から一際大きな歓声が上がった。群衆はみな剃髪し、浴衣をはだけて、剥き出した歯の間から泡を吹いている。その熱気たるや、大浴場に勝るとも劣らない程である。
「ザコとは違うのだよ。ザコとは」
 先程返事をした男の声が聞こえてた。それからゴウゴウという風きり音がして、人垣の浴衣の裾が一斉にたなびいた。数百はあろうかと思われるほどの毛脛と尻とが露になった。獣染みた臭いがしたたかに湿り気を含んで、部屋に立ち上った。
 居並ぶ毛脛の五倍はあろうかという赤黒い毛脛が二本、中央に歩み出た。そして、その向こう側には、白く艶やかな脛が、いや、膝が、いや股が、屹立していた。里見である。
 温泉での戦いの決着を聞いた修験者達は、里美に破れた十一人を蹴り飛ばして、リターンマッチを望んでいたのである。僧には私闘を禁じられていたが、温泉場での一幕に、その僧本人が絡んでいたのは明らかであり、女を倒すべき敵と知って、手をこまねているわけには参らぬ。と俄仕立ての理屈も立ち、勝負を始めたところで、僧が宿を出たとの報告もあり、俄然やる気になっていたのではあったが… 地の利もあり、十分に収斂も積んでいたはずの卓球勝負が、あれよあれよという間に九十九番まで連敗し、とうとう、ナンバー2の、出番とあいなった。
 里見は、尻端折りをして、禁欲中の修行僧達の欲情を煽り立て、危険な熱狂を加速させている。興奮の坩堝の中、可憐な撫子のような里見の、髪がひとひら舞い落ちた。
「阿毘沙、参る」
 真っ赤な腕が大きく湾曲し、オレンジのピンポン球が行く末を案じてむせび泣いた。
「おうりゃあああ」
 気合一発、小鼓を叩いたかと思われるほどの音がして、蛍光灯が何本か弾けた。巻き起こる歓声。踏みならされる足。群衆はピンポン玉が叩かれる度に、右へいったり左へいったり、マイムマイムとオクラホマキキサーと炭鉱節とを一まとめにしたみたいなステップを踏んだ。
 「ええい。ええい。ええい。やー。ええい。ええい。やー。えい」
 群衆のステップは次第に拍子を揃え始め、動きも大きくなっていく。右へ左へと揺らめいていた人垣が、今では一つの分厚い輪のように、乱れない群舞となっていた。阿毘沙と名乗った修験僧の弾道は弓なりに里見のコートを抉り、木っ端をまき散らしながら複雑に変化した。だが里見はその癖玉の勢いを、やんわりと殺しているのだろう。ポコリ、ポコリと相手コートへと返している。スピードも威力も無いが、コースだけは絶妙で、全てがテーブルの縁という神業である。だが、いつまでも持つものではない。力の差は圧倒的であった。なにしろ、前までの九十九人は、球が一往復する間に勝負が終わってしまい、そのいづれもが、ライフルの弾道に近い球を相手の眉間や股間にぶち当てるという、えげつない勝ち方を続けていたのである。ラリーが続いているという点でも、これまでの敵とは比べ物にならない。
 修験僧は里見がぎりぎりで打ち返すたび、余裕のあるところを見せ、一言二言言葉をかけた。
「ほほう。よく届いたな」
「それならこれはどうだ」
「なかなかすばしこいな」
「きれいなおぐしが台無しだぞ」
 だが、ラリーは終わらなかった。修験僧はかけるべき言葉が思いつかなくなってきて、焦り始めていた。
「ぬう。小癪な。ならばこれだ」
 野太い声がそう言った時、止まる事はないと思われた群舞がぴたりと静止した。修験僧のラケットが引き潮のように後退していった。
「来光冥球殺!」
 節くれだった巨大な指で、ラケットをサンドウエッジのように鋭角に寝かし、ブーメランフックを繰り出すようなな角度に肘を固定し、右足を踏みしめると同時に左足でさらに反動をつけ、腰を視点に一気に回転させる。オレンジ色のピンポン玉は、今度もコートのエッジをなめてフラフラと落ちたが、それと一緒に修験僧の体も深く沈み込んだ。一瞬、室内の濃密な静寂が訪れる。周囲の修験僧たちもかたづを呑んだ。が次の瞬間、まずテーブルの上に盛り上がった肩が現れ、そして、真っ赤な右側頭部、次に剃刀の刃のような緑色のラケットラバーが現れた。踏ん張っていた右足の下で床板が砕け飛び、肌脱ぎになった右肩が里見に向かって突き出される。フォロースルーのため撥ね上げられた左足のあおりを食らって、群衆の一角がふっとばされ、修験僧の浴衣が帯だけを残して宙を舞った。球は?
 この一連の回転運動で修験僧がバランスを崩してどうと倒れ込んだ後、浴衣がヒラヒラと舞い落ちるその後ろから、オレンジの球が、昔、縁日でボールを息で吹き上げるパイプがあったが、ちょうどそんな感じで、フラフラと天井にむかって上っていく。しかし、それは殺人的なトップスピンがかかっていて、シューという不気味な音を伴っていた。摩擦熱で真っ赤になった球が昇る様子は、さしずめ御来光のようである。群衆は息を詰めて球を見つめている。修験僧が満身創痍といった様子で立ち上がり、身なりを整えると、
「この技で破れることを誇りに思うことだ」
 と、絶叫した。
 この言葉で群衆が、再び群舞を始めた。先程よりも早く激しい踊りだった。上昇し続けていた球が天井すれすれで静止し、それから地球ゴマのような唸りと共に鋭角に落下を始めた。里見はごく普通に球を待っている。秘策は無いのだろうか。球は炎の尾を引いて、里見めがけて墜ちてくる。
 と、次の瞬間、里見の身体がふわりとテーブルの上に浮かび上がり、落ちてくる球を抱え込むように前方に一回転した。その回転が終わった瞬間、玉は修験僧の眉間に落日した。トップスピンの回転を変えないまま、方向を180度回転させたのだ。その時、時は止まった…
 額から鮮血と、ピンポン球の破片をまき散らしながら、修験僧がふっとんでいった。テーブルを蹴り飛ばして、蛍光灯と巻き込み、さらに落下の衝撃で床が抜けた。振動で窓ガラスが砕け散り、もうもうたる埃がまきおこった。群衆は末法を見たと思った。これまでの修行が何の役にも立たない相手、それがこんな娘であったことに対する絶望が、一切の行動を抑制し、全てが粉々に砕ける直中で、ただ静かに膝を落として念仏を唱えるしかなかった。縋るべき仏はもういない。だが唱えずにはいられなかったのである。

<章=四
 山をおりた僧は、迎えの車に揺られていた。後部座席の前にある、12インチの液晶ディスプレーには、四つ程の小窓が開いていて、それぞれに違う顔が映し出されていた。そしてその窓の周囲には、何か分からない記号や数字の羅列が、明らかにこの土地とは別の地形図上に明滅している。運転席との間にはスモークガラスが下ろされているので、運転手の姿は見えない。
「いつ、事を起こすのだ。いい加減、抑えきれないぞ」