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みやこたまち
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牧神対山羊(同人坩堝撫子4)

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 右上の迷彩服の男が言った。この男は頬がげっそりとこけ、太い眉毛が鋭い目の半ばを覆っている。唇も分厚くところどころがひび割れている。帽子からはみ出た髪の毛は角刈りのようで白いものが混じっている。背景には土を掘り返したような荒野が見える。天候は曇り。僧が車を走らせているあたりは晴天なので、だいぶ離れたところにいるのかもしれない。
「牧童が砂遊びをしている間に囲んでしまうべきだと思いますね」
 そういうのは、その隣の男である。銀縁の眼鏡をかけたスーツ姿で、細身、三十代後半にみえるが、年上にむかって話す口調ではない。この男は薄暗い部屋の中に一人でいるらしく、背後には何も書かれていないホワイトボードがぼんやりと見える。
「まだ草は増やせる。が必要十分な量には常に足りないものだとはおもわんかね」
 そう言うのは、迷彩の下にいる男だ。こいつは相当な年寄りで、気骨ある昭和一桁という風貌だが、表情は柔和だ。時折葉巻をふかしている。この老人の座っている椅子が一番高そうである。
「いずれにせよ、羊は自らの毛を刈ることは出来ない。時代が違うんです」
 これは最後の男で、一番若い。二十代半ばである。ダークスーツにまっ黄色のネクタイをしていて、髪はオールバック。目は細く、左頬に大きな黒子がある。
 全員が片手に鼻毛カッターのような小さな装置を握っている。これは僧も持っていて、赤、青、黄色、緑、紫のボタンが一列に並んでいるのである。
 僧のディスプレーの下部に咲いていた小さな花のアイコンが明滅し、小さな窓が開いた。
「阿堕ツ群念仏スノミ」
 僧は「馬鹿め」とつぶやいた。だが、まんざらではなさそうにニタリと笑った後、ディスプレーカメラを睨んだ。一瞬、モニター画像が乱れた。そして、四者間で交わされていた会話を無視して、僧が話し始めた。
 「皆様はこれまで十分に準備をなさってきました。私も、皆様の志に打たれ、同盟を結ばせていただき、これまで、周到な支度をしてまいりました」
 ディスプレーの中で全員が、「何を今更。」という顔をしている。
「事ここに及び、私は一つの結論に達しました。それは、共闘の理念に関する問題です。我々は一様に、現体制に不満を持ち、新体制を確立せんと奔走してまいった次第です。さらに、新体制後の世界区分に関しても十分に協議を行い、今や一連邦国家としての体裁を十二分に維持しうるとの見解を共有するにいたりました」
 迷彩が貧乏揺すりを始める。銀縁が時計に目をやる。昭和一桁が新しい葉巻を取り出す。黄色いネクタイが舌打ちをする。だが僧は言葉を続ける。
「しかしながら、私たちは一つの要素に関しては、全く一顧だにしておりませんでした。すなわちそれは、実在する真の敵についてです」
「何を今更」
「世論と反対勢力についての分析は」
「シビリアンコントロールの実績を甘くみてもらっては」
「全ては先手必勝ではないか」
 などの声が一斉に起こる。だが、僧のディスプレーは、音量を一定に保つ装置がついているので、ただひそひそ声のモザイクとしか聞こえない。僧は、その小さな反論を蹴散らすように、音声入力デバイスのレベルを最大にして、話を続ける。
「死角ある計画は、必ずそこから瓦解します。綿密で繊細であればあるほど、羊は散り、山羊は角が折れるまで同士討ちをするでしょう。これは山羊の結束が、羊に依存したものなればこそです」
「何の話だ」
「つつしみたまえ」
「そんな観念論なぞ」
「何を企んでいる」
 もちろん僧はこれらの言葉を無視して続ける。
「山羊は羊を食わない。が羊を食う山羊もいる。そして羊を食う山羊は、山羊をも食うのです」
 ディスプレイの中の四人が手にした装置を一斉に掲げた。全員が親指を紫のボタンにかけている。
「止めろ。それ以上勝手な理屈を続けるなら、我々は実力行使に出るぞ」
 これは四人を代表する形で、迷彩の言った言葉である。だが僧は、ディスプレイーへの映像送信を自分一人のチャンネルのみ最大にして、話し続ける。
「私は山羊の争いに加わりたいとは思わない。なぜならそれは山羊の世界であるようにみえて実は羊の世界だからである。そして、羊の世界に止まる以上、山羊は牧童に依存し、牧童は牧神の顔色を窺いつづける」
 僧が袂から、もう一つの装置を取り出した。形は同じだがこれには白いボタン一つしかついていない。四人はその手元を、始めは不思議そうに眺め、それから驚愕した。
「牧神は山羊を祝福しない。いや、牧神は羊にしか存在を現さない、偉大なる法である。法は法によって越えなければならない。法を越える物、それは、神を食らう山羊である」
 僧は白いボタンを静かに押した。全ての映像と音声が激しく乱れ、そして途切れた。
「神を食らう山羊は山羊を食らう山羊である。支配する山羊ではなく君臨する山羊である」
 僧は何も映っていない四つの窓に向かって、そう言うと、座席にもたれかかり深く瞑目した。