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みやこたまち
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牧神対山羊(同人坩堝撫子4)

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 部屋に戻ると知らない女が座っていた。仲居さんかと思って愛想笑いをして、座布団に腰をおろす。テーブルの上には火が消えた山菜の鍋と、盛りきりのご飯と、薄っぺらい天麩羅と、ヤマメの甘露煮が置いてあった。様子が変だ。チップでも待っているのかなと思いながら、ふと隣の部屋を覗いてみた。布団が二組並んでいるだけだ。里見の姿はどこにもない。女は部屋の隅で正座をしたまま、ずっとこちらを睨んでいる。
「あの、何か?」
 僕は、客という立場でありながら、こんな風に腰が低い。だから舐められるのだ、と思いなおしながら、しばらく目を合わせていた。相手からは何も言ってこない。沈黙が次第に気まずくなっていくので、仕方なく僕は皿に手をつけた。女は、僕が冷たい鍋の中から最後のエノキダケを掬い上げるまで、じっとこちらを睨んでいた。実際、味わうどころではなく、だから普段ならば絶対に食べられないヤマメなんかも知らない間にたいらげてしまえた。どうやってこそげとったのかと思われるほど、きれいに骨だけ残していた。いまだかつて、こんな風に魚を成仏させたことは無い。
 女は、お替わりをたずねるでも、茶を勧めるでも、ましてや、空いた皿を片づけるでもなく、ただ部屋の隅に座ってこちらを見ている。
「もしかして、これは人間ではなく、旅館につきものの、幽霊なのではないか」
 そんな気もしてくる。だがそれにしては、顔色は良いし、肌もぴちぴちしている。僕は懐から煙草を取り出し、大ぶりな灰皿に添えてあったマッチをすった。一口吸うと、頭がくらくらした。思えば、何時間ぶりの煙草だろう。里見といる間は、煙草を吸いたいなどと、思いもしなかったのだった。
「連れがどこにいったか知りませんか? もう大分前に、風呂から出たはずなんだが」
 そう尋ねると、女は小首を傾げ、それからニヤニヤと笑った。
「連れ? 本当に連れだって思っているの? あの人とあなたと、釣り合うと思っているの?」
 言葉ははっきりとしていたし、確かに日本語で訛りも無かった。にもかかわらず、僕は彼女の言葉の意味を理解することが出来なかった。
「何か、おかしいかな。それより、まず君は一体、誰なんだ」
 気づかぬうちに口調が乱暴になっていた。僕は自分が腹を立てているのだという事実になかなか馴染めなかったが、そういえば、本来僕という人間は、腹を立てやすい人間だったのだ。くわえていた煙草の煙が目にしみた。腹を立てているのに、涙が出てきた。どうも調子が出ない。女はしたり顔で頷いている。「やっぱりその程度の男なんだ。くだらない」とでも思っているのだろう。こんな時はやはり高圧的な態度に出てみるのが定石である。
「僕はこの宿の客で、ここは僕達の部屋だ。君がこの宿の従業員なら、接客態度は最悪だし、泊まり客だとしたら、部屋を間違えている。だいたい、君はこの部屋にいつからいたんだ。里見はどこにいったか知っているのか? 知っているなら答えたまえ。知らないのなら出ていきたまえ。一応付け加えるなら、君には黙秘する権利がある。しかし、黙秘はすなわち、辞去と同義である。僕は君の素性には興味は無い。興味があるのは、里見の居場所に関する情報だけだ。それについて君が何も知らないというのであれば、我々がこうして顔を合わせているのは無意味であり、時間の無駄であり、感情の無駄だ。僕の言いたいことは以上だ。何か質問は?」
 はーい。先生。はーい。と女が手を上げる。
「はい。どうぞ」
 と僕は彼女を指さす。
「主人がいなくなったからといって、ペットが主人になり変われるわけではないと思います。あなたが、里見さんの行方を探しているのは、一人でほおっておかれるのが不安だからだと思います。私は里見さんが今どこにいるのか、知っています。なぜなら私は里見さんのお友達だからです」
 ひどい言われようだ。しかし、売り言葉に買い言葉という定石に従っていては歩が悪いのは明らかだった。僕がペットだから、ではない。里見が本当に、というのは、僕は彼女が言ったことはみんな嘘だと思い始めていたからだが、各務原の出身だとしても、この界隈に明るいという事は確かで、従ってこの土地の人間と親しいという事は十分に考えられるからである。
「僕の何を知っているっていうんだ。」というのも、この際、棚上げしなければならない。そう言った途端に、僕は里見のペットに他ならない、という彼女の手前勝手な理屈を散々聞かされることになるだろうからである。僕はこのように会話の行き着く、二手三手先を読むことが出来るのだ。本来、詰め会話、の技術には卓越したものがあり、その意味で、いままで他人と論争になったり、不本意な仲違いをしたり、不意打ちにあって不覚をとったりすることは無かったのだが、里見といると、この洞察力が麻痺してしまうのである。あの山門以来の僕の言動を、もしこの彼女が知っていたとしたら、僕が里美の奴隷だと判断されても仕様がないところである。このように、僕は自分自身に対しても冷静で客観的判断を下す事が出来る人間である。だが、里見といると…もうやめよう。
 とりあえず、彼女に対してとるべき態度は決まっていた。すなわち、「苦笑」、そして会話の打ち切りである。
 僕は立ち上がって、彼女の頭をポンポンと軽く叩いて部屋を出ようとした。
 格子扉に手をかけたところで、僕はずるずると畳を滑っていた。格子扉がガタガタ鳴って、身体のどこかがキュウウ、と言った。扉が開いてドタドタという足音と青やら赤やらの段だら模様の毛脛が自分を取り囲んだ。
「適当に捨ててきて頂戴」
 女の声がした。それから僕は波間を漂う木っ端のように意識を無くした。