牧神対山羊(同人坩堝撫子4)
一
僧は暗がりに立ち、印行を結んだ。トンネルの枝道を複雑に進んでいった先で、眼前には九つの暗い穴が口を開けている。僧は道の中央に立ち、シャクジョウで地面をついた。金属の輪の束が甲高くもつれ、トンネル内には金属の軋む、耳障りな音が反響した。その音に眼前の九つの枝道が身悶えたように見えた。僧は大きく息を吐き出し、さらなる印を結ぶと、真言を唱えはじめた。始めはゆっくりと、そして次第に速度を増し、声に力がこもっていった。僧の額を汗が滴る。印を結ぶ手が白くなり、凍えたように震え始めていた。やがて、
「エイ!」
という裂拍の気合と共にシャクジョウが投げ上げられ、金属音を響かせ地に落ちた。僧は精神を静めるように呼吸を整えながらゆっくりとシャクジョウを拾い、杖の先端が指し示していた一つの入口に半歩近づくと、三たび印を結んだ。そして先程とは違う、いやに濁音の多い真言を唱えながら、右手の人指し指で、中空に何かの図形を素早く書いた。指の軌跡がボウとした残像を結ぶ。次の瞬間、僧は明るい木漏れ日の下に立っていた。そこには心地よい風と無数の木の葉のざわめきがあった。僧は平然と山を下り始めた。
作品名:牧神対山羊(同人坩堝撫子4) 作家名:みやこたまち