連載小説「六連星(むつらぼし)」 第76話~80話
「こちらの女性も・・・・きわめて美人です。
なによりも、落ち着きが有ります。
女性としての成熟した色香なども、存分なまでに感じます。
しかし。実名で登録したり、本人の画像を公開しても大丈夫ですか。
ネットの世界といえば、みなさんがニックネームで交流するとばかり
思い込んでいました」
「多くのサイトは、いまだに偽名や愛称で運営されています。
数多くあるSNSの中でもこのフェイスブックと、ミクシィの2つだけが、
実名による本人登録を義務づけています。
実名で登録するということは、それだけの責任が伴います。
ハンドルネームなどを使わない、実名による公開は、
実社会と同じような信頼関係を前提にするという意味が含まれています。
新しい形の、大人の交流サイトと言えるようです。
そうした要素を生かして、いまでは商業取引やビジネス面などに、
幅広く利用されています」
「なるほど。
大人の良識あるサイトが、ネットに誕生したと言う事ですか。
実名で世界に情報を発信するという部分に、深い意味が有るようです。
世界最大規模を誇る、情報の共有サイトと書いてありますから、
原発の実情などを発信するには、好都合かもしれません。
東北の被災地と、福島第一原発の事故は、たしかに全世界から、
大きな注目を集めていますから」
ノートパソコンから目を上げた山本が、響の顏を見つめる。
見つめる瞳の中に、いつになく真剣な光が宿っている。
「ひとつ、響さんにお願いしたいことが有ります。
それを聞き届けていただけるのなら、私が知っているかぎりの、
原発の内面についての話や、情報を提供しましょう。
原発労働者の実態を、できるかぎり事実に沿って語りたいと思います。
できれば、記録に残してください。
私の残り少ない命は、そのために有るのかもしれません。
福島第一原発の惨状は、始まったばかりです。
放射能はこれから先、長い時間をかけて東日本の一帯に残ります。
現状はまだ、長い闘いのはじまりに過ぎません」
「同感です。その通りだと思います。
あれからすでに一年が経過をしたというのに、福島第一原発の後処理は、
何一つ改善されていません。
冷温停止は、とりあえず爆発の危険を回避したと言う意味だけで、
依然として危機は進行中ですから」
「炉心を溶解させ、溶けてしまった核燃料の回収は困難をきわめます。
現代の技術では、おそらく対応する事が出来ないでしょう。
ロシアのチエリノブイルでも、溶解してしまった核燃料の取り出しは、
いまだに放置されたままです。
すべてが回収できるのは、30年から40年かかると言われています。
福島の闘いは、始まったばかりです。
被ばくの危険性は、収まったわけではありません。
原発内では常にあたらしい被爆の危険性にさらされながら、これから先も
下請け労働者たちが仕事をしていきます
だからこそ、知っていることのすべてを語る責任が私にあると思っています。
全てを書きとめて下さい、響さん。
私から聞いたすべてを、フェイスブックで公開してください。
そのために私は残った力のすべてを、あなたのために使いたいと思います」
窓際に立った響が強い意志を込めて、唇を噛みしめる。
(私は・・・・いいえ、私たちは長いたたかいの入り口に立った。
非人間的な実態が明らかになったというのに、いまだに安全神話を楯に、
国民を愚弄している、日本政府と東電を許せない。
福島のこどもたちは、美しい故郷と、安全な生活を取り戻す権利を
持っている。
そのために、おおくの大人が勇気を持って立ち上がる必要がある。
そうした良心こそが、美しい日本を取り戻していく原動力になる。
放射能が、どれだけ危険なものであるのか、
原発が崩壊したら、どれほど危険な事態に立ち入ってしまうのか、
福島は、自らそれを証明してみせた。
負の遺産は、絶対にいらない!。それが福島からのメッセージだ。
安全を求める闘いは、まだ、やっと此処から始まったばかりだ・・・・。
大切なことは、現実と事実をしっかりと見つめることだ。
福島の教訓から、受け継ぐべき課題を明確にする。
やっぱり、日本に原発はいらない。
その事実を、未来にちゃんと伝えていく必要がある。
人は、生命を安全に未来へつなげてこそ、価値が未来へ受け継がれる。
本当に安全な未来のために、未来を生きる子供たちの安全のために、
の負の遺産は、いらない。
私は、やっとそのことに気がついた。
何をすべきかが、今頃になって、ようやく見えてきた。)
響の大きな黒い瞳が、やせ衰えて・・・・いまではすっかり
針金のように細くなってしまった山本の全身を、しっかりと見つめる。
作品名:連載小説「六連星(むつらぼし)」 第76話~80話 作家名:落合順平