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連載小説「六連星(むつらぼし)」 第76話~80話

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 15連隊の所在地だった高崎市は、空襲にはことのほか神経をとがらせていた。
市民には徹底した「空襲対策」が浸透していたという。
鉄道関係をはじめ多くの官庁が、東京から市内の公会堂や図書館、
商工会議所などへ疎開していたからだ。
高崎駅には、首都圏で焼夷弾で火傷を負った市民が列車で送られて来ていた。
多くの医師や看護婦が動員され、治療に当たっていたという。


 終戦間際の緊迫した状況の中。高崎市へ空爆が集中する。
7月28日の爆撃を皮切りに、8月6日には艦載機による機銃掃射、終戦前夜の8月14日の夜には、B29十数機による焼夷弾攻撃を受け、多くの被害を出している。

 広島へ原子爆弾が投下される前日の、8月5日の夜半、
県都の前橋市が大空襲を受けている。
死傷者1万人以上を出し、市街地の大半が焼け野原になった。
同じく、8月14日深夜から翌8月15日未明にかけて、銘仙の織物の町として
知られる、伊勢崎市とその周辺地域に、84機の米空軍B24爆撃機と
戦闘機が現れた。
空襲は終戦日となる15日の未明まで、つづいたという。


 県内の主要都市が、大規模な空襲で被害を受けたのにもかかわらず、
なぜか桐生市だけが、空襲の被害から免れている。
その結果。明治時代から盛んにおこなわれてきた絹生産の歴史と建造物群を、
無傷のままに、後世に残すことができた。
山本が病室から見降ろしている景色は、まさにそうした桐生市の景色
そのものだ。
『疲れていませんか?』二杯目のお茶を入れた響が、山本に声を掛ける。


 チャカポコと鳴るお囃子の音が、日暮れになるとここまで
聞こえてくるようになる。
乾いた太鼓の音が、それに混じって聞こえてくる。
勇壮なリズムと、軽快なお囃子の音が病室の中に心地よく響く。


 「あれが有名な、桐生の八木節音頭のお囃子ですか」


 「この時期になると、子供たちがお囃子の練習をはじめます。
 町内ごとに夏祭りの櫓(やぐら)が建つそうです。
 それに向けて一斉に、大人も混じって八木節の練習がはじまります。
 8月の最初の週末になると、桐生市内の全域が八木節一色にかわります。
 長年にわたる歴史と伝統が、子供たちに引き継がれていきます。
 うふふ。ぜんぶ母からの受け売りです。
 実はわたし、八木節祭りを見るのは初めてなんです」


 「8月の八木節祭りですか・・・・
 季節も暑いですが、祭りも熱そうですねぇ」

 山本が遠い目をして、澄み切った4月の青空を見上げる。
茶碗からお茶を一口すすった後、山本の痩せた肩がため息をつくかのように
揺れる。
軽く左右に動いてから、やがて力が尽きてうつむいていく。


 「力を落とさないでください、山本さん。
 あと、たったの3か月と少しで夏祭りです。
 私が浴衣を着ますから、山本さんも浴衣に着替えて、桐生の街をあるきましょう。
 八木節祭りは、桐生のひと月遅れの七夕祭りにもあたります。
 一年に一度。織り姫と彦星のように2人で手をつないで町をあるきましょう。
 梅雨明けの桐生の町は蝉しぐれと八木節音頭で、
 昼と夜がすすんでいくそうです。
 私が案内しますので、どうぞいまから、それを楽しみにしてください」


 「美人がエスコートしてくれるとは、有りがたい。
 是が非でも、そこまで生きる必要がありますねぇ。
 歩きたいですねぇ。浴衣姿の響さんと、桐生の町をもう一度・・・
 それまで、あとたったの3カ月とほんのわずかですか。
 確かに。でもわたしには、はるかに遠い時間のように思えるなぁ・・・」

 茶碗を持つ手が停まる。
山本の目が、遠い彼方に連なる山脈の上を泳いでいく。
夏までは持たないだろうと、静かに言い切った杉原医師の言葉を、
響が思い出す。
「話題を変えましょうか」、響がノートパソコンを取り出す。
電源を入れ、立ち上げたばかりの画面を操作して自分のブログを呼び出す。


 「先日から、フェイスブックに共同で書き始めた私たちのブログです。
 共同執筆者は、放射線取扱主任をしている川崎亜希子さんです。
 ふたりで原発や放射能について、書き込みを始めました」


 画面には、二部式着物の姿でほほ笑んでいる響の画像と、
那須の牧場を背景に、白衣姿で立つ川崎亜希子の画像が並んでいる。
響からノートパソコンを受け取った山本が、なぜか、牧場でほほ笑む亜希子の
美しい画像に見とれている。