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連載小説「六連星(むつらぼし)」 第76話~80話

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 緩い衝撃が、響の中でピクリと動きだす。
だが次の瞬間、はるかに予感を超えて、すべての血液が沸騰していく。
有る程度は予測していた。
しかし、それが真実と知った瞬間から、響の動揺は止めようがない。
沸騰した血液が、激しく全身を駆け巡っていく。
知りたがっていた父の事実と、知りたくなかった真実が響きの頭の中で、
ひとしきり、音を立てて煮えたぎる。
激しく駆けめぎった熱い血の流れが一転して、方向を変える。
温度を下げた血液が、胸の中心部に向かってじわりじわると戻って来る・・・・

 「すみません。つい、喋ってしまいました。
 トシさんからくれぐれもと、固く口止めをされていたのです。
 毎日。私の世話を焼いてくれている貴方の様子を見ているうちに、
 つい、気持ちが緩んでしまいました。
 暴走ですねぇ、わたしの。
 難しい問題を含んでいる事だというのに、まったくの、私の落ち度です。
 余計なことを話してしまいました・・・・
 申しわけありません。この通りです。」

 山本が、コクリと小さく頭を下げる。

(やっぱり。トシさんが、私の父だったんだ・・・・)
たぎる血液が、再び熱を持ち直して響の全身を駈け廻っていく。
一呼吸、そしてもう一呼吸・・・・響が、深い呼吸を繰り返していく
「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせながら、両方の目を閉じていく。

 20数年前に経験した湯西川でも、父との出会い。
たった一度だけ父に抱かれたあの日の光景が、響の脳裏に
またよみがえって来る。
父は、怪我の療養のため、母に連れられて湯西川へやって来た。
「知り合いの叔父さん」とだけ紹介された人物が、やはり響の父親だった。
伴久ホテルの若女将と3歳になったばかりの響が並んで見送った、
あのバス停の光景が、ふたたび響の胸に甦ってきた。

 ソフトクリームを手にした響が、俊彦の首に必死でかじりついている。
初めて抱っこをしてもらった高みは、響がはじめて目にする
未体験の高さだった。
父の頬を流れていったあの日の汗。
それを不思議そうに眺めていた、あの日の響。
すこぶる高かった父の抱っこの位置・・・・
麦わら帽子のふちから流れ落ちた汗を、優しくふいてくれたあの時の大きな手。
一度も鮮明に見ることが出来なかった、あの時の懐かしい光景の中に、
はじめて父の顔が、ありありと浮かび上がってきた。


 (馬鹿だなぁ、私ったら。
 20数年前にちゃんと行き会っていたというのに。
 なんで大切な父の顔を、私は覚えていなかったのだろう・・・・
 ありがとう、母さん。ありがとう、トシさん・・・・
 貴方たち2人が居てくれたおかげで、響がここに生きています。
 あなたたちに、心の底から感謝しています。
 産んでくれてありがとう。母さん。
 私のお父さんで居てくれてありがとう、トシさん・・・・
 私はあなたたちの子供として生まれて来たことに、心の底から
 感謝しています。
 ありがとう母さん。ありがとう、私のお父さん)

 ノートパソコンの上に置いた、響の手の甲に、ぽつんとひとつ涙が落ちる。
あふれてくる涙は、止める術がない。
涙はひたすらあふれて、静かに響の手の甲へ落ち続ける。
夕暮れが迫ってきた山裾の病室。山本が夕焼け色に染まりはじめた窓の外へ、
視線を向けたまま、息をひそめてひっそりと固まっていく。