犬と探偵たち(仮)
探偵魂が蘇って来たのか、机の引き出しを片っ端から開け始めごそごそと中を探る。
「ちょっと、よしなさいよ。さっさとあの機械を壊しちゃってこの部屋から出ましょう」
ベロニカは気が気でないようだ。
「待って、これは何? 『安全装置』って書いてあるわ」
その書類を引っ張り出して目を通し始めた時だった。
「ほう、こんな所にいたのかネズミども。おや? そこにいるのはさっきの犬っころじゃないか」
入口に仁王立ちしているのは、あの監督だった。無表情の少年二人を引き連れている。咄嗟にナタリーが躍り出てモカたちを守るように威嚇の唸り声をあげる。
「うるさいんだよ、このバカ犬が!」
監督は手に持った棍棒でナタリーを殴る仕草をする。しかしナタリーは一歩も引かなかった。
モカはその書類の一部を咄嗟に破り、丸めてスカートの裏地のポケットに隠すと裏のドアのノブを捻る。が……鍵がかかっている事に気づいたようで愕然とした表情を浮かべる。
「あなたたち! 子供をこんなところでモルモットにして恥ずかしいとか思わないの?」
意外なことに、今まで一番大人しかったレイチェルが顔を真っ赤にして叫んだ。その姿にモカとベロニカは驚きを隠せなかったが、その首にあったはずの『女王の涙』が消えている事に、その時はモカも気づかなかった。ナタリーはまだ吠え続け、今にも監督に飛び掛かって行きそうな勢いだ。
「ふん、おかげでいい給料をもらっているよ。おまえの言うとおり、確かに人道的では無いかもしれない。だが、この手術と俺の訓練のおかげで、他の国に行って功績を上げている少年たちを俺は誇りに思っている」
「ズレた誇りよね。彼らだってやりたくてやってるわけじゃないのに!」
「うるさい! そしておまえもいいかげんに――うるさいんだ!」
監督の動きに合わせて、後ろの少年たちが一斉にナタリーに襲いかかる。ナタリーは正確に監督の喉仏を狙って跳躍したが――少年たちの棍棒の一撃で首をしたたかに殴りつけられた。そして悲しい悲鳴と共に床に横たわる。
「何てことするのよ! ナタリー、大丈夫?」
駆け寄るモカを素早く監督が羽交い絞めにする。そして他の二人も同様に少年たちに捕まってしまった。ナタリーは床の上でぴくぴくと前足を震わせながら舌を伸ばしていた。ひょっとして死んでしまったかもしれない。
「よし、こいつらをジャスティス様のところに引っ張っていけ! 犬も一緒にだ。チャド様がこいつを見たら、今夜は犬鍋にしてくれるかもしれないぞ」
いやらしい笑みを浮かべながら、実験室のドアを乱暴に閉じた。
「ふうん、こいつら……ね。しかしどうやって牢屋から出たんだ?」
豪華な部屋の壁には先祖代々の肖像画だろうか、いかめしい顔をした髭の男たちの写真が掛かっている。革のソファに座り、暖炉の火に照らされたジャスティスの横顔は少し興奮しているように見えた。
「分かりません。調べた所、看守は宝物庫で死んでいました」
チャドの横で、直立不動の監督が答える。
「罠に掛かったのか。バカなヤツだ」
宝物庫にモカたちも入っていた事には気づいていないようだ。
「どうやらお前たちは元気が良すぎるようだな。そうだ、この可愛い少女たちにはモンクと遊んでもらおうか。あいつも久々のおもちゃに喜ぶぞ」
その言葉を聞いてチャドが顔色を変える。
「し、しかし、モンクの檻に入ったら最後、こいつらは生きて出られません」
「かまわんよ。どうせ明日には新しい実験体が入荷される。君も今夜はゆっくりするといい。私は――モンクがどれだけ喜ぶか、現場で見ているとするかな」
楽しいことが待っている子供のような表情で、ジャスティスは優しく微笑んだ。
「はっ。この犬はどうしますか?」
「そんなことは自分で考えたまえ。君なら料理法を良く心得ているだろう?」
「はい、承知しました」
チャドは踵を返すとぐったりとしているナタリーの首輪をつかみ、引き摺りながら部屋を出て行った。
「ところで監督、少年たちは従順かね?」
「はい、もちろんです! 以前のように反抗する気配はみじんも見えません」
針金がぴーんと背筋に通っているようなまっすぐな姿勢で監督が答える。
「うむ。教育は君にまかせたぞ。そうそう、安全装置はどうなっている? チャド」
「その時には一時的に機能が全停止します。首の機械のメンテナンスもその時に行いますので、安全対策も万全です」
「そうか。では、一時間後に彼女たちをモンクのところに連れて行け。私も後から行く」
「かしこまりました」
この会話をモカたちはどんな気持ちで聞いていたのだろうか。ジャスティスの息子『モンク』という少年のことを。そしてナタリーの処遇のことを。
第十七章
ロイとアンジェリカが実験室に辿り着いたのは、モカたちが連れ去られてから五分ほど経ったときだった。血の付いた実験器具に訝し気な視線を注いだあと、屈みこみ床を軽く人差し指でこする。
「この血はまだ新しい。それにこの毛……。どうやらナタリーはここにいたようだ。ひょっとしてケガをしているかもしれない」
「え? じゃあさっき聞こえた鳴き声はやっぱりナタリーなのかしら」
顔を曇らせながら床に落ちている茶色い毛を拾い上げる。頷きながらロイは机まで歩くと、開きっぱなしの引き出しを注意深く観察し始めた。そして机の上の書類に目を走らせる。
「この本のページが一部破れているな。ナタリーとモカが一緒にいたとしたら……。これを読んでいる間に敵に踏み込まれたのかもしれない」
「じゃあ、モカちゃんは敵に捕まったってこと?」
「そうなるな。床の血の方向から、何かが引きずられた跡にも見える。まずこの血を辿って行こう。だが、その前に」
ロイは電極が繋がっている機械を持ち上げると、力いっぱい床に叩きつけた。そしてコード類をバラバラに引きちぎると満足そうにハンカチで手を拭う。
「こんなことをしても解決にならないのは分かっているが、きっとモカもこれを破壊したかったに違いない。あの子と私はびっくりするほど考え方が似ている時があるからね」
ロイの行動に少し怯えた顔をしていたアンジェリカは、その言葉を聞くと何か納得したように頷いた。
「さてと、何か武器はと。よし、君はこのはさみをポケットに入れといてくれ。たぶんモカは拘束されている可能性が高いからね。ボクは……。これでいいかな」
つまみ上げた物は、床に転がっていた発電機のハンドルであった。大きさは手のひらぐらいだ。
「そんなものでどうるするの?」
「これだって、立派な武器になる。そうだね、ボクが使うとひょっとしたら『拳銃』に見えるかもしれないよ」
にこっと笑うとそれをハンカチにくるんでポケットにしまった。
「じゃあこの部屋を出るぞ。血を辿って行けばきっとナタリー、いやモカに逢えるはずだ」
部屋のドアを後ろ手に閉めると、床をこすったような血の跡をたどりながら歩き出した。
その頃モカたちは、檻に入れられた『よく分からないもの』と対峙していた。暗闇の中で二つの眼だけが光っている。
グルルルルッ!
唸り声と共に、何日も風呂に入っていない人間の匂いが鼻をつく。
「私の後ろに隠れて! ゆっくり後ろに下がってくのよ」