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みやこたまち
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そののちのこと(口頭試問)

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ふたつめ



 「こんばんわ」
 夕焼けの中に女は立ち尽くす。返事を待っているのだ。しかし、応じる声は無い。
 「こんばんわ」
 濡れ縁の軒先に、白い薄片がずらりとならんでいる。時折それがぬらりと光る。女は玄関に続く小道を見つめる。ガラスには、途切れ途切れの夕焼けが映り込んでいる。
 薄くもろいガラスの表面に映った壮大な夕焼けの断片。
 朱色の中に人影が見える。女はそちらに走り寄る。手にした西瓜が膝にあたって汁を散らす。小気味良い音で砂利が跳ねる。

 「映写機とスクリーンと光源とにたとえよう」
 知った声が聞こえてくる。女はガラス窓に額をあてて部屋を覗き込む。正面に大きな背中が見える。苛立ったような空気がガラスを震わせているのを感じて、女は後ずさりする。
 「それだけでは駄目だろう。駄目じゃないのかい。他からの光をさえぎらなければ、到底駄目なのではないのかい」
 「理想だよ。映写機とスクリーンと光源。スクリーンを切り裂いたところで、映画は消滅するわけではない。それは理想だよ」
 女は足を震わせている。
 一人は大切な人だ。けれど、もう一人は怖い人だ。しかし、どちらが大切でどちらが怖い人なのかが、女には区別できない。
 「結局は後から追いかけているだけだから、そういうことを言うようになる。後からならば、どうとでも言いくるめられるからね」
 「何とでも言うがいい。結局は能力の問題なのだ。全てがそろっていたところで、唯一のスクリーンが使い物にならないのならば、映画は消失する、そう考えることに矛盾は無い。存在とはね、そういうものだよ」
 「映画を投影するのに、一番適した物がスクリーンだとして、それを失った映画は、それ自体の存在を問われることになるとは思わないのか」
 「不完全だ。確かに不完全だ。しかし、致命的な汚点でも発表されなければ欠点にはならない。つまりは、コンクリート詰めにして海に沈めてしまえばいいのだ。不在によって存在を主張するとき、不在者の立場はいかようにも操作できる。こちらの都合でね」
 震える女の肩がガラスに触れる。
 カタリという小さな音は、二人の男の関係を断ち切る。一人が振り向いた。するともう一人は消滅した。女は白い霞に包まれるように消えていった男が、自分の大切な男と強く結ばれていると思った。

 「よく来たね。入りなさい」
 男は立ち上がって女の手をとる。そして女の下げている丸いものに気づく。女は男の視線を追って、汁をしたたらせているお土産を思い出す。
 「縁側へいきます。お部屋を汚してしまいますから」
 「縁側へ?」
 男は女の手をとったまましばらく考えていた。その様子を見て、女は動悸を感じた。
 「それをこちらへよこしなさい」
 女は男に叱責されたと思った。この西瓜は汚れているから、この人は私を家に上げたくないのだ。そう思った。女の膝から力が抜け、男の胸に倒れこむ。男はとっさに身体を支える。そして女の首筋に口づけをする。
 「恐ろしいのかい?」
 青ざめる女の顔を見ながら、男はささやく。身体はすっかり冷えてこわばっている。その身体をさすりながら、男は耳元で囁きつづける。

 「恐ろしいのかい?」
 女の頬に赤みがさし、手が男の身体を求めるように動く。しかし、両手は革のベルトで固定されている。男は女に身体を摺り寄せてやる。女は安心したように深くため息をつく。
 「恐ろしいのは、どちらの男だい?」
 「わ、私は、ああ……」
 男は女の頬を撫でる。耳たぶにそっと口づけする。
 「あの消えた方。私の大切な人と強く結ばれて、結ばれているあの人」
 男は女の額に口づけする。
 「私はあの二人の間に入ることができなかった。あの人は私を捨てる」
 「捨てる?」
 男が静かに繰り返す。
 「捨てられる。もう捨てられているのかもしれない。あの人は私を叱る」
 「叱られた?」
 「西瓜が。あの汚れた西瓜が私を汚した。私は汚れたままあの人の家にいったから」
 「詳しく話してみてくれないか」
 女は激しく頭を振る。男は女の顔を両手ではさみ、額を合わせる。女の額には冷たい汗が滲んでいる。
 「その男が怖いのかい?」
 「いいえ。いいえ。あの人は私を救ってくださいました」
 「でも、叱られた」
 「そうです。あの人の目は、死人を見るように私を見た」
 「君は何を見たのだい?」
 女は口を大きく開ける。しかしそこからは何の音も聞こえてこない。目が大きく開く。しかしそこには何も映ってはいない。男は女から身体を離す。薄物の裾がはだけて、薄い膝が見える。男は裾をあわせてやり、優しく女をなでる。やがて、女から意識が失われ、男も、ぐったりとソファーに身を沈める。両の拳をこめかみにぐりぐりと押し付ける。ゆっくりと首を回し、深呼吸する。薄暗い部屋の中で、女の薄物だけが、幻灯のように明るい。

休息