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みやこたまち
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そののちのこと(無間奈落)

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「たいそう調子がいいようだね。ご両親は気の毒したそうだが、学校の方もこのままだと留年になるらしいじゃないか。どうしたんだい。順風満帆、経歴になんの瑕疵も無かった穂積家の跡取が隠居暮らしで老け込もうとは、乱心でもしたのかね。俺はこの山奥で仕上げた物を小包にして提出したよ。俺はこれできれいさっぱりだ。どうだい。久しぶりに話でもしてみないか? お互い積もる話があるだろうじゃないか」
 信夫の頭からみづはの面影は消えなかった。しかしそれについて多田を問い詰めるだけの策は無かった。滅多な事を行って多田の誘導に引っかかるような破目には陥りたくなかった。
「折角だがちょっとごたごたしていてね。君もこちらの事情には大分精通しているようだから分かってもらえると思うが。学校の方へはしかるべき書類を今日投函しておいた。だから君に心配してもらう謂れは無いし、共通する話も無いようだ」
「冷たいことを言う。この間もそうだった。いや、俺は入学した時からお前達が気に入らなかった。それは気づいていただろうからそう言う風な言われ方も分かるが、実はちょっとした相談事があったから会わないかと誘っているわけだ」
「この電話で済むじゃないか」
「そういう態度だよ。俺の事を見くびっているようだが、そういう態度で山に篭れば世俗に捕らわれないですむと本気で思っているのかね」
「確かに。係わり合いはごめんだよ」
 信夫はこの電話をきったら、電話を撤去しようと思った。ねとねととした一郎の声にはもうこれ以上、耐えられそうにもなかった。
「まあ、いいさ。だが俺はお前のことを忘れない。そういう態度で俺に接したお前という男を忘れないつもりだ。俺だけじゃないぞ。お前は忘れて済ませているつもりでも、他人は決して、お前の勝手にはならないもんだ。忘れてないぞ。済まされないぞ」
 多田の声は次第に陰にこもっていた。そして口元から受話器が離れたらしい空疎なノイズが聞こえた時、かすかに、女の声が聞こえたような気がした。それは空耳かもしれない。その声はみづはの物ではなかったかという疑念は、心中で巨大な石塔となった。信男は必死でみづはの声を思い出そうとした。だが思い出せなかった。みづはの顔を思い描こうと思った。だが何も思い浮かばなかった。ただ、みづはの、たしかにそうと分かる漠然とした空気だけが信男の周囲によみがえってきて、信男は胃が痛むような思いに捕らわれるのだった。
(第二部完)