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みやこたまち
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そののちのこと(無間奈落)

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 平穏な春風の中にそんな情景がぽっと浮かんでいた。互いは互いの目だけを見つめるようになり、みづはは以前よりも他人との交渉が下手になった。みづはの家の者達は、すっかり無口になったみづはを心配したが、みづはは屈託の無い微笑みを浮かべて「心配はいらないの」と言う。
「私このごろとても気持ちがいいの。これまでこんなに体に力が入っていたんだなって、びっくりするくらい楽になったの。私、あの学校に入ってよかったと思ってるわ。あそこにいかなかったら、いろいろなことが分からないままだったんだなって」
 くすくすと笑いながら、みづははひとり言のように呟いた。家の者はみづはのそんな表情を見たことがなかった。そして、そこに何が兆しているのかを推し量るだけの知識も経験も、そして心も無かったのだった。
「結局、他人というのはそういう存在に違いないんだ。そして、そんな部分にまで入り込まなければ成立しない関係なんてのも、無いんだ。みんな上辺の色や形だけが重要で、そこさえ気持ち良ければ成功できると思っている。だから僕たちは今まで巧く振る舞う事ができていたんだ。でも、そのままではいつか内部が腐ってがらんどうになってしまう。塗り重ねた上辺が、自分って形を支えているだけの泥人形みたいになってしまうんだ。でも僕たちの間にそんな虚飾は必要ない。むしろ、窒息しかけていた中身同士が互いを求めあったんだ。僕は君といると君の心の中の葛藤が自分の事のように分かる。そしてそれが癒されていく度に、僕は歓喜する。僕たちは一緒に成長するんだ。双子のように。だから僕は生きていける。生きていってもいいと分かったんだ。君がいてくれたから」
 信夫はそう言ってみづはに体を寄せた。みづははぽかんとした顔で、信夫の体を受け入れた。自分をこれほど必要としてくれているという事実に戸惑っていたのかもれしれない。自分の中で動いている相手の体を感じて、みづはは自分でも知らなかった声を上げていた。目の前を何度も往復する信夫の顔を見つめながら、ここには自分はいないし信夫もいないのだと感じていた。一つになる喜び? でもそれなら私たちはずっと前からもっと完全に一つになっていたし、その幸せに感謝していたのではなかったろうか。今、突き上げてくる痛みと快感。しかし、そこには何の理解もない。動物の当然の機能でしかない。相手なんて誰だって同じじゃないだろうか。私には信夫が必要だ。信夫も私を必要だといってくれる。でも今はどうだろう。信夫は私の体が必要だというだろうか。私には必要じゃない……


 電球が弾けた。銀粉を浴びた信夫の首筋を温かいものが流れていった。信夫は低く唸って目を開いた。みづはからの連絡が途絶えて一週間が経った。これほど長い空白はこれまでに無かった。信夫はみづはを案じていた。みづはの回復は確かなものと思えたが、あくまでもそれは信夫を相手にしていた時だけだった。防御を解いた今のみづはは、他人に蹂躪され、魂は快復不能な痛手を受けるだろう。みづはが信夫を離れる事は、自殺に等しかった。精神と肉体。これ以上互いを深く結び付ける術は無いと信じた矢先に、みづはは行方をくらましたのだ。何が起こっていたのか、信夫には分からなかった。自分の快復を試しにちょっと出掛けてみるという積もりなのだろうか。それは自殺行為だと、信夫はみづはを諭しておかなかったことを後悔した。目の前を白いものが流れはじめた。数人に乱暴をされるみづはの姿が、靄のまにまに見え隠れしていた。ぼろぼろになって戻ってくればいい。それは僕から離れた罪だったのだから。

 ふと父親の奔走と母親の毛糸玉、それに庭の凋落が一つに繋がった。だが、それは一瞬で消え去った。汗にまみれた体を生暖かい風が撫でていく。信夫の耳に風見の軋む音がかすかに聞こえた。わずかに目を空けると縁側のむこうを霧が漂っていた。暑い夜はまだ明けていない。
 その日、夕食を告げる母親の声はなく、父親も帰宅しなかった。