7月の出来事
本当は、笑うどころじゃなかったが、無理してでも笑顔にならなければ、賢治に余分な意気込みが生まれるかも知れないから・・。
賢治が、公園に入る。奴が、その後に続く。そして、2台目の車から、3人が、奴に少し遅れて続く。
俺は、すぐに車を降り、後ろの2台の車の中を確かめた。薄明りで見える車に、他の人影は、確認出来なかった。
「何じゃ、こんぎゃな(こんな)処まで連れて来て・・。おまけに、誰か連れて来て・・、一人でよう来んかったんか!」
という奴。
「あんたも、誰か連れて来とるじゃろうが!」
と賢治。
賢治と向かい合って立つ奴。その奴の3メートル程後ろに、3人が立っている。俺は、賢治のやや右側後方に、少し距離を置いて、立った。
奴が、賢治を口汚く罵り始める。
(以下、あまりにも汚い言葉なので、やり取りは、省略。)
二人の言葉は、噛み合わない。
自分の発する言葉に触発されるかの様に、どんどん大きな声で激昂する奴・・。
それに対し、賢治は、只管、マリを自由にする様にと繰り返す。
まるで意味の無い言葉の遣り取りが、暫く繰り返される・・。
やがて、奴は、我慢の限界に達したのか、
「おんどりゃ(お前、もしくは、あなた)、何時まで訳の分からん事を、ほざいとるんなら!」
と言いながら、賢治に近付き、彼の顔を拳で殴った。
当たり所が悪かったのか、賢治の鼻から血が流れ出た。それを、片手で押さえながら、
「殴るんなら、なんぼでも殴ってええけん(良いから)、兎に角、マリと別れてやってくれぇ・・」
と繰り返し言う賢治。
「やかましいんじゃ! 他人の女に手を出したもん(者)の言う事か!」
と怒鳴りながら、奴は、2度、賢治を蹴り付けた。よろめく賢治・・。そして・・、奴の行為に耐え兼ねたのか、賢治に反撃する様な素振りが見えた。だが、
「賢治(約束だぞ)!」
と、名前を強く呼んだ俺の言葉に、彼は、反撃を思い留まった。そして、指の間からポタポタ落ちる血で、顔や服を真っ赤にしながら、マリと別れる様にと、繰り返し奴に言った。
この辺りが限界だなと、俺が、思った時、奴が、また賢治の頭部を殴った。
俺は、二人の間に割って入り、
「もういい加減、気が済んだだろう。無抵抗の相手を殴るのは、止めろ!」
と、奴を制した。
「おんどりゃ、関係ないじゃろが! それとも、おんどれも、こいつと同じ様にされたいんか!」
と、奴は、大声で言いながら、俺の胸倉を突いて来た。
俺は、黙ったまま、奴の脇腹に渾身の一撃を・・。
「・・うう~・・・」
と、奴は、脇腹を抑える様にしながら、両膝を地面に着け、そのまま蹲ってしまった。
「(・・? なんだ、これ・・?)」
何だか、拍子抜けしてしまった。賢治の遣られっぷりを見れば、もう少し暴れたかったんだけど・・、まあ、ここが、勝負の決め所だ。彼の後ろで立ち尽くしている3人に向かって、
「俺の連れが、ここまで殴られても我慢しながら頼んでいるにも関わらず、この人が、手出しを続けるから、こうなったんだ。あんた達も、言いたい事が有れば言えば良い。・・どうなんだ?」
と、努めて冷静を装って言った。
「いや・・、わし等は、何も・・」
と、一人が、言う。
「そうかい。じゃあ、また、話を始めても良いんだな?」
「・・・」
「・・」
「・・・」
「良いのか、悪いのか、はっきりしろ!」
「いや・・、わし等は、別に・・・」
俺は、その場に突っ立ったままの3人を見た。そして、
「じゃあ、話を進めるけど、その前に、少し時間を取って冷静になろう。」
と誰に言うともなく言い、3人の中の一人に、
「あんた、悪いが、近くのコンビニで、コーヒーでも買って来てよ。俺は、微糖の暖かいやつ。他の人達のも忘れるなよ。お腹が空いてるのなら、食べる物を買っても良いから・・」
と、財布を渡した。
彼は、他の二人と顔を見合わせた後、車でコンビニへ・・。
その間、奴は、蹲ったままだった。まったく、根性の無い奴・・。
俺は、賢治に、
「よく我慢したな・・」
と、声を掛けながら、タオル地のハンカチを渡した。
その間、残った二人は、奴を抱え起こす。
そして、お互い無言で、コーヒーを待った。
パシリが、帰って来た。
彼の持つ大きな袋を見て、俺は、
「なんだよ、また、しっかりと買い込んだものだなぁ・・」
と、笑い掛けた。助っ人の3人は、やや身体の力を抜いて、少し笑顔を見せた。
公園には、ベンチも在ったが、俺達は、地べたに車座で座った。
こうすれば、さっきまで敵対関係でいたとしても、少しくらいは、仲間意識が出て来るものだ。
コーヒーを、一口二口飲んだ処で、俺は、奴と話しを始めた。
「あんた、悪いけど、ここまで来れば、もう話は着いた様なものだから、この男とマリさんの事が上手く行く様にしてやってくれないか?」
「・・話は、未だ済んどらん・・」
「終わったとか言ってないだろ? 終わったも同然だと言ってるんだ。」
「どう終わったと言うとるんじゃ? わしは、マリをこいつ(賢治)に渡すとは、一言も言うとらん・・」
「分からないのなら、これから説明してやるから・・。いいか、あんた、無抵抗の人間を殴ったり蹴ったりして、話し合いの場をぶち壊したんだぞ。おまけに、賢治は、鼻血まで出して・・、
俺達が、この足で病院に行って、診断書を貰って、その診断書を持って、警察に被害届を出したら、あんた、犯罪者になるんだぞ。」
「・・お前も、わしを殴ったじゃろうが・・」
「ああ、確かに殴った。その事は、何処で誰に訊かれても、はっきりそう言うよ。気が収まらなければ、訴えろよ。人を一発殴ったくらいじゃ、精々、説諭か始末書で方は着く。まあ、どうしても気分が収まらなくて、俺をムショに入れたいのなら、そう言ってくれ。本意ではないが、もう少し痛めつけて、俺が、暫く入れる様にするから・・。なあに、ムショなんて、二度も入ってれば、三度目なんて、本当の別荘と同じだから・・」
「・・・」
「・・」
「・・」
「・・・」
「俺は、もし、あんたが、此処でマリさんと賢治の事を許してくれなかったら、マリさんに離婚の調停をする様に勧めるつもりだ。知ってるかも知れないが、調停で、合意出来なかったら、次は、裁判だ。調停でも裁判でも、俺は、呼び出されるだろう。勿論、此処に居る、あんたの連れも好むと好まざるに関わらず、この問題が片付くまで、呼び出しは、2年でも3年でも続く筈だ。・・・よ~く考えてみろよ。あんた、別居し始めてから、子供の養育費などを、きっちりと渡しているのかい? 義務を果たしていなければ、公の場では、明らかに不利だぞ。調停は、拘束力が、あまりないけど、裁判の判決は、絶対だ。その裁判で勝つ為に、兎に角、この賢治の診断書だけは、作っておくから・・」
「・・・」
「連れの3人さんも、来たくて来たんじゃないだろ? 俺も、そうだ。第一、他人の・・しかも、男と女の揉め事になど、首なんか突っ込みたくはないもんな。」
(3人、揃って頷く。)
「Cさん・・、この人の言う通りじゃ・・。あんたが、なんぼ思うても、奥さんに帰る気がないんじゃけぇのう・・」
と、3人のなかの一人が、言った。
暫く、無言が続く・・・。そして、
「どうすりゃあ、気が済むんじゃ・・・」