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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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7月の出来事

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「ああ、その方が、話が早い。」
スカイプのカメラの前に座ったマリの両親に、マリが、賢治と並んで座り、事の経緯を話す。
どうやら、賢治との結婚については、彼女の両親は、一応承諾している様だった。
「色々ありがとうと、賢治の上司に伝えてくれ。」
という両親に、マリは、俺と直接話す様に言う。
「私達は、日本語が分からないよ。」
「大丈夫、お兄さんは、タガログが話せるから・・」
と。
既に分かってはいる事だけど、俺は、両親に簡単な挨拶をして、傍に居る二人の結婚を祝福してくれるかどうかを、もう度率直に訊いた。
「娘が、幸せに成るのなら、何処の国の人と結婚しても構わないよ。どうせ、この国に帰ったって、ロクな仕事など有りはしないから・・ 二人が、幸せに成る様に手伝って遣って下さい。」
という父親の言葉に母も頷く。俺は、
「分かりました。出来るだけの事は、遣るつもりです。」
と応え、長く話している時間が無い事を付け加えた。そして、
「俺と賢治は、これから、もう一度出掛けるから、あんたは、両親と色々話すと好いよ。話が終わったら、また此処に帰って来るから・・」
と、マリに言って、賢治と二人で車に乗った。

車を走らせながら、俺は、
「いいか、今日は、何が有ろうと、絶対に相手に手出しをしては駄目だぞ。殴られようと、蹴られようと、兎に角、じっと、されるがままに我慢しろ。・・分かったな?」
と、賢治に言った。彼は、ある種の決心をした様に、
「はい・・・」
と頷いた。
「よし。お前が、俺の言った通りに我慢してくれたなら、きっと上手く行くから・・ 約束だぞ・・」
「はい。マリと一緒になる為なら、我慢します。」
「・・そんな、今の様な意気込みで、仕事も出来る様になれば良いんだがなぁ・・ オヤジさん(社長)も、お前の事、言ってたぞ、『良い処が有るんだけど、いまひとつ なぁ・・』って・・。分かるか、オヤジさんが、何を言いたいか?」
「・・・」
「まず、やる気だ。仕事なんて、一生懸命やってれば、自然に出来る様になるものさ。お前の先輩のHだって、会社に来た時は、何にも出来なかった。だが、奴は、何より仕事を楽しんでるかの様にバリバリ熟して行く。奴だって、仕事が楽しい筈などないのにな・・。毎日、作業服を真っ黒にして頑張って、そして、今は、もう誰からも認めて貰える様になってる。
お前は、器用だから、殆どの事は、その場でやっつけてしまう。だが、仕事に向かう気持ちは、他の奴等の半分も無いと見られている。それは、それで良いのかも知れないけれど、いずれ何人か連れて仕事に就いた時、そのお前の気持ちは、他の奴等にすぐに見透かされてしまう筈だ。見透かした奴等は、お前程度の気持ちでしか仕事に向かわなくなる。そうすれば、出来上がった仕事は、何だよこれ?というほど見劣りのする物にしか出来上がっていない。所謂、やっつけ仕事でしかない訳だ。・・分かるか?」
「はあ・・何となく、分かるッス・・」
「まあ、嫁さんも貰って、子供まで付いて来るんだから、ここいらで気持ちを引き締めて仕事をしなければ、一人前には、なれないぞ。」
「はあ・・」
「まず、二人の為だと思って、朝、15分だけ早く出勤しろ。そして、大きな声で挨拶しろ。それだけで、必ずお前は、変わるから・・ 誰もが認める様になるから・・ それに、その器用さが有れば、Hなんか、すぐに追い越してしまうさ。」
「ほんまに(本当に)Hさんを追い越せますかねぇ。」
「ああ、間違いない。必ず、追い越せる。それに、これからは、好きな人の為に働くんだから、より一層早く、何でも出来る様になって来るさ。」
「はあ・・」
「何だよ、その元気の無い返事は・・? まあ、目の前の事が、気になっているんだろうけど、この程度の事は、今後、何度も有るぞ。その度に、他人を頼りにしてたんじゃ、そのうちマリにも嫌われるぞ。フィリピン人は、男も女も、自分の思いをはっきりと言うからな。『何よ、そんな事くらいで慌てて・・』とか、言われてみろ。日本人の恥だぞ。」
「はあ・・」

俺達は、別居中のマリの旦那が指定した場所に、約束の時間より早く着いた。
その場所を見て、俺は、心の中で笑ってしまった。なんたって、ごく普通のファミレスなんだから・・
「まだ、かなり時間が有りますね。」
という賢治に、俺は、
「予定通りだ。こんな話をする時は、兎に角、相手より早く来なくちゃ・・」
と言い、駐車場の車から降りないで待つ事にした。
「いいか、相手が来たら、お前、車を降りて、話し合いの場所を変える様に伝えろ。」
「・・?」
「こんな処で、話など出来ると思うか?」
「・・・」
「此処を指定した奴の頭の中を考えてみろ。ちょいと粋がってる奴の考えそうな事だ・・。大勢の人達の前で、大声を出して、機先を制す。そして、周りに注目させて、話をしようってところだろう・・。間違ってるかも知れないが、奴の性格を聞く限り、奴が、そう思っていなくても、必ず、俺の言った通りになる筈だ。そんな迷惑な事なんか出来ないだろ?」
「はい・・」
「だから、話なら、近くの公園ででも出来るでしょ? って、何処でも好いから、お前の知っている小さな公園にでも連れて行け。」
「・・・」
「何でも良いから、兎に角、俺の言う通りにしろ。相手が、どうこう言ったら、話を切り上げて、後ろに着いて来る様にだけ言って、車に戻って来るんだ。」
「はい。」

待つうちに、奴が来た。
後ろに続いて、もう1台の車が、隣の駐車スペースに・・。後ろの車には、複数の人影が、確認出来た。
「よし、行け。」
賢治は、黙って車を降りた。そして、閉めるドアの音に、俺は、賢治の意気込みを感じた。賢治のマリを思う気持ちは、本物だ・・

賢治は、奴の処まで真っ直ぐに歩いて行き、放し始める。奴は、何処を指差すというのでもないが、少し手をあちこちに遣りながら、言葉を返している。想像していたより、やや大柄な男だな・・
二言三言の遣り取りの後、賢治が、俺の乗っている車に戻り始める。
奴は、一緒に来た車の中に向かって何か話し,その後、自分の車に乗った。
「賢治、何処でも好いから、あまり人の来ない様な、小さな公園に行くんだ。」
「はい・・」
俺達の車の後に続く奴等の車。
「(よし、これで、話は、半分以上片付いたも同然だ・・



(4)

賢治は、車を20分ほど走らせ、住宅街の外れにある公園沿いに停めた。
その後ろに、ピッタリとくっ付ける様に、奴等の車が停まる。
道々、助手席に居る俺の姿も、後ろから確認出来た筈なのに、こんなにもピタリと真後ろにくっ付けて駐車するなんて、余程、向こう意気の強い喧嘩慣れした奴か・・? それとも、何にも考えない只のバカなのか?
「賢治、取り敢えず、お前一人だけ降りるんだ。奴、一人だけ、お前の後に続く様なら、俺は、このまま様子を見る。奴の連れが、一緒に行く様なら、俺もすぐにお前の後から行く。・・いいな、約束(相手が、手を出しても、絶対に手出しをしない。)だぞ・・」
「はい・・」
と返事をしながら、賢治は、俺の顔を見た。俺は、軽く頷きながら、少しだけ笑って見せた。
作品名:7月の出来事 作家名:荏田みつぎ