7月の出来事
「違います。生まれたのは、ビコール・・」
「ビコールの何処?」
「お兄さん、フィリピン、行った事ありますか?」
「うん、あるよ。」
「そうですか。ナガの近くです。」
「ナガの南? それとも北?」
「分からないです・・」
「そうだよな・・フィリピンの人達って、方向なんて気にしないもんな・・」
俺は、心の中で、少しだけラッキーって感じた。その辺りに、俺の妹みたいなチャイリン一家が住んでいるからだ。
細かい住所を聞き出し、俺は、すぐにチャイリンに電話した。マリの両親と連絡を取り、その家族がどの様な人達なのかを知る為だ。
チャイリンと話しが出来るまでに約1時間近く掛かった。
「・・だから、お前、サムと二人で、すぐに其処まで行って、マリの両親と話して、どんな人達なのか知らせてくれないか? 別に、金持ちとか貧乏とかは、関係ない。知りたいのは、人柄だ。」
「サムは、田圃に居るから、すぐに帰るように言うわ。でも、忙しいんだね、これからすぐに って・・。まあ、お兄ちゃんらしいか・・」
「時間は、どのくらい掛かる?」
「バイクで行けば2時間くらいで行けるよ。」
「分かった。なるべく急いでくれ。あっ、携帯、忘れるなよ。」
「私を誰だと思ってるの? お兄ちゃんじゃないのよ。」
「・・そうだな・・ じゃあ、一通り話が終わったら、ミスコールしてくれ。」
俺は、敢えて、賢治とマリの前でチャイリンと話した。話の内容を聞くマリの反応を見て、彼女の賢治に対する気持ちを、自分なりに確かめたかったからだ。
俺の見る限り、彼女に動揺の色は窺えなかった。が、まだ 色んな意味で 安心は出来ない。
何しろ、平和ボケの社会で育った俺達日本人などよりも、遥かに強かな輩が多く生息しているのだから・・
電話を切っった後、俺は、目の前に居る二人の馴れ初めから、一緒になろうと決めるまでの経緯を聞いた。
そして、一通りの話が終わると、Yさんの喫茶店を出て、一旦、俺の家でチャイリンの電話を待つ事にした。
(3)
賢治とマリを、多恵と愛に紹介して、
「愛ちゃん、この子、イチローくん。暫くの間、大家さんちで、ピアノを弾いて聴かせてくれないかなぁ?」
というと、愛は、頷いて、
「イチローくん、一緒に行こうね。ママ達は、大切なお話が有るんだって・・」
と、結構おしゃまな一面を見せて、彼の手を引いて、大家さんの処に・・
二人が、家を出て、ポロンポロンとピアノの音が聴こえるまでの間、俺は、黙っていた。二人は、それとなく部屋の中を見回し、俺が話し始めるのを待っている様だった。
多恵が、コーヒーを運んで来て、そのまま俺の隣に座り、初対面の二人に俺達家族の事を軽く話し始める。それを聞いて、
「二人とも、再婚なんですか?」
というマリに、多恵が応える。
「私は、再婚だけど、潤ちゃんは、初めての結婚なのよ。」
マリ 「お兄さんは、どうして今まで一度も結婚しなかったの?」
俺 「好いなと思う人が、現れなかったから・・」
マリ 「ふ~ん・・そうか・・」
俺 「そう。」
マリ 「同棲した事も無いの?」
俺 「無い。」
マリ 「賢治は、一度、同棲してたんだって・・」
多恵 「そうなの・・?」
マリ 「そうだよ。ねえ・・」
頷く賢治。
俺 「まあ、過去など、どうでも良いさ。問題は、これからの事だ。」
マリ 「あ、お兄さんも、過去に色々有ったでしょ?」
俺 「あるには、あった。」
マリ 「・・って、どういう事ですか? 有ったって事ですか?」
多恵 「そう。有ったって事なの・・ ねえ、潤ちゃん?」
俺 「まあ・・そうだ。」
マリ 「あ、お兄さん、昔の事、奥さんに話していないんだ・・」
俺 「そんな事、話さなくても、想像は出来るだろ。男が、40年も生きてれば、何にも無い方が変だ。」
マリ・多恵 「そうだよね~」
と声を合わせる様に・・
俺 「・・・。まあ、俺達の事は、置いて・・。賢治、お前、両親に彼女との事を話してるのか?」
賢 「はい、一応・・」
俺 「一応って・・何処まで話してるんだ?」
賢 「一応、知っとる事は、全部話してます。・・結婚したいという事も伝えてあります。」
俺 「で、両親の反応は?」
賢 「好きにしろと言ってます。」
俺 「って事は、賛成してくれてるのか? それとも、勝手にどうぞって事か?」
賢 「・・お前が決めたんだったら、仕方ないという感じでした。」
俺 「・・まあ、その程度なら、何とかなるか・・。会社の中で、知ってる奴は、Nだけか?」
賢 「はい・・」
俺 「一応、社長にだけは、話そうと思ってるんだが、それでも好いか? 最悪の場合も考えて、その方が好いと思うけど・・」
賢 「あ、はい・・」
俺は、別の部屋から社長に電話して、事の経緯を伝えた。
「話は、分かった。賢治の為にええ(良い)事なら、手伝うてやってくれ。ややこしゅうなったら、わしも、なんぼか(少しは)その方に知り合いも居るけん・・」
という社長に、礼を言って電話を切った。
俺達は、取るに足りない話などしながら、チャイリンの連絡を待った。
何かを待つ時間は、特に長く感じる・・
俺 「そろそろ連絡が有っても好い頃だけど・・」
多恵 「待つ時間は、長いからね・・ でも、待つしかないよ。」
と言い、マリに、
「私も、とても長く感じたのよ。さんちゃん、なかなか結婚しようって言ってくれないから・・」
俺 「何の話だよ・・」
マリ 「ええ~、そうだったの?」
多恵 「うん、そうだったの。だから、結局、私が、プロポーズしてよってお願いしたのよ・・ね?」
俺 「まあ、そんなところだ・・」
目の前の二人は、顔を見合わせて笑った。
マリ 「賢ちゃんは、はっきり言ってくれたよ、『何が有っても、放さない。』って言ってくれたよ。」
多恵 「まあ、男らしいわねぇ・・、ねえ、潤ちゃん・・」
俺 「まあな・・(どうせ俺は、イジイジと男らしくなんかないさ・・)」
ピアノに飽きたのか、愛とイチローが帰って来た。
二人は、隣の部屋で折り紙をし始めた。
「イチローくん、お姉ちゃんが、飛行機を作ってあげるからね。出来たら、飛ばして遊ぼうね。」
「ほんとに飛ぶの?」
「うん、本当に飛ばせるんだよ。」
「早く作って・・」
「急いじゃ、だめだよ。ゆっくり作らなければ、遠くまで飛ばないから・・」
「ゆっくり 早く作って・・」
開けっ放しの部屋から届く会話が、俺達の笑いを誘う。
チャイリンからミスコールが届いた。
俺が、折り返しに電話をすると、マリの実家の近くの家でPCを借りられるという。俺達は、すぐにPCを開き、スカイプで話を・・
「よう、元気か?」
「元気じゃなきゃ、バイクで此処まで来れないでしょ。もう、お尻が痛くなっちゃった。」
「それは、俺の所為じゃない。サムの運転が荒っぽいからさ。」
「そうなの。サムったら、お兄ちゃんの言う事には、すぐに一生懸命になって、周りなんか見えなくなるんだから・・」
「奴が、せっかちなだけさ。・・サム、相変わらず尻に敷かれてるのか?」
「ああ、その通り・・というか、もう家来同然だよ・・」
「はは・・、ざまあ見ろ・・」
「ところで、お兄さん、直接両親と話すかい? 二人とも、とても良い人達だよ。」