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みやこたまち
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そののちのこと(鬼)

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第五章



 代理人は、後部座席に信夫を乗せ、自分が運転席に乗りこんだ。
「どこへ行くのだろう?」
 信夫少年は好奇心と不安とに苛まれていたが、質問することはひどく格好の悪いことのように思えたので、黙っていた。
 家を捨てるということがどういうことなのか、そのころの信夫には分かっていなかった。これほど簡単にそのきっかけが与えられるなど、夢想することさえ馬鹿馬鹿しいことだった。

 「本当は自分の本当の家は別にあって、今はわけあってこんな家族の一員として育てられているにすぎない。いつか本当の両親が、自分を引き取りにきてくれる」
 幼い頃、こういう思いにとらわれたことの無い大人がいるだろうか。それこそ、現実から逃れたいという願望に他ならない。願望は、最初は巧く表現できず、次第に表現することが恥ずかしくなり、とうとう内に秘めたまま朽ち果てるのを待つばかりとなる。信夫の願望は、一人でいたい、というだけのものだったが、同時に、家族を、社会を、世界を否定することに通ずるほど根源的なものだった。
 だが、今は、直接間接に重圧を与えつづける穂積家当主を、自分自身の中で否定できさえすれば良かったのだ。
 重圧は、与える側と、与えられる側との関係性において成り立つものだが、どちらか一方にその素因があれば、重圧は発生する。根本素因が自らの精神にあるのだとしたら、重圧の投影体としての人間が消失した後も重圧は存続するばかりでなく、重圧の投影体である人間そのものも存続することになる。
 信夫にとっての父母は、単にしがらみという関係の象徴でしかなかった。だから、家を捨てたところで将来にわたる安泰を手にしたという実感は無かった。
 同時代の少年達に比して、幾分か成熟した精神構造を持っていたとはいえ、それはやはり、庇護される者の枠を外れてはいなかった。

 信夫は何かを否定することで、自らの存在を証明していた。
 自分ではない者がいる、という事実。社会的な人間にとっては、この前提は不変である。自分と他者との関係の度合いによって、しがらみとか、確執とか呼ばれるものが生じる。

 中学での信夫は、無口で気難しい生徒だった。誰にも気を許さず、他人のしていることには全く加わらない。学芸会、体育大会、研究発表会、グループ学習などは完全に無視した。通信簿は学力がずば抜けていることと、協調性が皆無であることの二つを明示していた。これは小学校、中学校を通じて、不変だった。
 社会的でないという性質を、両親は個性として受け入れることは出来なかった。社会に出て役に立たないということは、すなわち、人間として無価値であることと同じだった。信夫の性質は矯正されるべきだった。

 道は舗装道路から細い悪路に変わった。
 道の両側は雑木林になり、その左手の奥の方は、小高い丘になっている。右手はどこまでも林が続いている。冬特有の橙の光の中で、枝は冷たい風になぶられ震えていた。時折小石を跳ね上げながら、車は走り、やがて、うらぶれた門をくぐった。その門の内と外との違いが、絶対的なものであったことに気づくのは、それから数年を経た後であった。