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みやこたまち
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そののちのこと(鬼)

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第三章



 それは自らの罪の記憶であった。それ以降、信夫の人生は懺悔の日々となった。
 かつて、一人の女がいた。
 冬の夜、女は信夫の中に入り込み、世界からは消失した。今も、女は信夫の中に存在している。
 信夫は常に、自分が見ているもの、聞いているもの、考えている事のことごとくが、一人の女の地平に構築されているのだということを実感していた。また、女の望まぬ事をするのは、さらなる罪悪であると、考えていた。
 それは、女がそうさせているのであろう。だから信夫は、それをしないでいるしかなかった。
 思い出の中では、現実に起こったことと、願望とが入り混じり、区別がつかなくなる。この記憶は現実ではないかもしれない。
 ただ、数々の経験と夢想とを再構築したものが記憶なのであるなら、信夫にとっての女はまさに、そのようなものであったのかもしれない。信夫にとって、記憶とは亡霊そのものであるように感じられた。

 女はまどろむ信夫に馬乗りになり、出刃をかざした。
 障子越しの淡い光の中で、ひときわ鋭い閃光が、信夫の胸のあたりに走った。
 出刃はなんなく信夫の体内に滑りこんだ。身体の中をあの閃光が照らしているのを、信夫は感じていた。臓器の間を照らし、関節を回りこみ、喉から脳髄へ照射する光りは冷たく容赦が無かった。それだけの光を体内に持ちながら、信夫は眼前に闇が落ちてくるのを感じた。
 両手を出刃の柄にそえた女が、さらに深く刃を押しこもうとして前のめりになってきたために、長い髪が、信夫の顔を覆った。細かく震えながら、首筋や鼻の辺りをくすぐる長い髪がむず痒かった。
 女の顔は髪に包まれていて、瞳の光が見えない。ただ息使いだけが聞こえていた。
 女は背を丸め自分の額を出刃の柄に押し当て、拝むような格好になった。信夫からは女の後頭部と肩甲骨だけが見えた。やせた背中から肩甲骨がえぐれていた。
 女の頭が下がっていく。
 信夫は絶えきれずに目を閉じた。するとまばゆい光が見えた。
 目を開けると天井の羽目板がぼんやりと霞んでいた。再び目を閉じる。すると圧倒的な光が網膜を眩ませた。
 やがて、女の髪の感触がすっかりと消えた。信夫はゆっくりと目を開けた。しばらくは真っ赤で何も見えなかった。ただ、白いすべらかな物が二筋、ぼーっと光っていた。それが女のふくらはぎであることが分かるのと、そのふくらはぎが自分の胸の中に消えるのとは、ほとんど同時だった。
 布団は真っ赤だった。だが、信夫の身体には傷一つついていなかった。
 そして、女は消えていた。
 その日から三日、信夫は赤く染まった床を離れることが出来ず、その翌日、大学を止める旨を学生課に通知した。
 
 以降、信夫は胸に軽い傷みを抱えた。時として傷みは吐き気を催す不快感へと変わった。女がいるのだ、と信夫は思った。
 信夫と女とは、入れ子のように、叔父が作った時空に存在し、互いに影を落としあっていた。