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珈琲日和 その20

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 また、こんな時に限って、いつもすっぱりと物事を言って退けて頂ける健三郎先生が出張していて不在でした。いやいや。先生に頼ってばかりじゃいけないのです。いくらお客様といえど、好き勝手にしていい道理はありません。店主である僕がしっかりと言わなければいけないのです。それなのに、僕ときたら、いつだって強気な女性に弱いなんて情けないにも程がある。ウジウジと考えながら、それでも堪えてカウンターに戻ってくると、又しても渡部さんが苦渋に満ちた顔で僕を恨めしそうに見てきました。その横では、峰子さんに話しかけて華やかに笑っているお母様。ここにも強い女性に何も言えない同胞がいたと思い出し、少し笑ってしまいました。
「・・・今度は、子どもの名前だとさ。まだ、男か女かわからないのによ」
 うんざりした渡部さんを余所に、チーズケーキを食べていたお母様が割り込んできました。
「あら、でも、予めある程度は決めといた方がいいわよ。私の時もそうしたわ。ねぇ峰子さん」
「ええ、まぁ」峰子さんは曖昧な笑みをしてぎこちなく頷きました。
「なんたって、初孫なのよ。ちゃんとやってあげられる事はしてあげなきゃ。楽しみだわ」
 お母様はいかにも楽しげにうっとりと遠くを眺めました。その横で渡部さんが忌々しげに溜め息をつきました。峰子さんはお腹をさすりながらも少し困って笑っています。突然、その峰子さんのお腹に、子どもの1人が打つかってきました。さっきの子ども達はもうスマートフォンのゲームに飽きたらしく、また店内を走り回り始めていました。今度はかくれんぼをしようと言っています。冗談じゃありません。母親達を見ると、またしても知らん顔でお喋りに夢中になっています。峰子さんに打つかった事も見ていなかったようです。今度という今度こそは・・・僕がカウンターを出て行きかけた時、鋭くけれど小さな高い音がしました。同時に子どもの鳴き声が響き渡りました。
 お腹を守るように抑えている峰子さんの横に座っていたお母様がいつのまにか立ち上がり、打つかっても逃げるようにして他の子に混じってしまったその子を素早く捉え、頬を一発叩いていたのです。それを合図にしたように、それまで談笑していた母親達は緊急事態とばかりに一斉に顔色を変えて立ち上がりました。渡部さんのお母様は凛として冷静に彼女達を見据えました。
「この失礼な子の親は、いないのかしら?」
 ショートカットの母親が、私ですけど何か?と、一歩前に歩み出ました。少しも悪気の色は浮かんでいませんでした。まるで、被害者の親族のような強気な雰囲気すら漂っています。
「あら、いたのね。子どもが他人に迷惑をかけているのに出てこないからいないもんだと思っていたわ。あなた、今、この子が何したかわかってるの?」
「そこの人に打つかったのよね。でも、子どもは走り回る生き物だから仕方ないわよ」
「その走り回る子どもが他人に対して迷惑をかけた時の責任は誰が取るの? 子どもに償わせるの? 走り回る生き物を育てているのがあなたじゃないの?」
「たかだか子どものした事くらいで、なんでそこまで言われなきゃいけないのよ」
「あらあら。たかだか子どもがした事? その子どもがした事なら、どんな事でも許されていいとか思っているのかしら? その子達が、さっき落として割ったランプは高価な希少価値が高いものだったのよ。ダリの限定モデルよ。それは知っていたのかしら?」
 しれっと言ってのけるお母様に、僕は、そんな事ありません案外安物だし、ダリなんて代物じゃないんですよと割り込む勇気だありませんでした。何しろ、心底怒っていらっしゃるようで、先程の華やかな面影は何処へやら、放つ覇気と言いますでしょうか圧倒的でした。
「それに、その子が打つかったのは、妊娠しているうちの大事な嫁よ。お腹には赤ちゃんがいる。打ち所が悪かったら流産の恐れだってあるのよ。あなたもその子を産んだんなら、同じ経過を経験している筈なのに、そんな事も忘れてしまったのかしら。可哀相ね。もしもの事があったら、勿論あなたは償ってくれるのよね? だって、その子の保護者なんですから。その子が仕出かした事は、きちんと責任を取るのが親よねぇ」
「まさか、そんな事くらいで流産なんてしやしないわ。私は重たい物を持っても平気だったんだから。大袈裟なのよ」
 母親はまだしぶとく抵抗を続けています。どうやらこの母親がこのグループのリーダー的存在だったらしく、他の母親は不服そうな顔をしてはいますが、黙ったまま何も加勢をしてきませんでした。叩かれた子どもは母親に駆け寄るでもなく、その場でただ泣いています。どうやら、困った事があっても母親に相談するだとか助けてもらうだとかいう教育をされてはいないようでした。時々見ますが、小さな子どもが転んでも自分で立てと叱咤する親。教育方針が自立だとかなんでしょうけれど、子どもが小さな時からそれをしなくても良さそうなもんだけどなぁと思って見てしまいます。
 確かに、子どもは転んでも助けてくれないから自分で立たなきゃいけないと、いつかは覚えるかもしれません。それは誰も宛てにはならないから自分の責任は自分で取らなきゃいけないという事にも繋がっていくのかもしれません。が、まだ世間の常識を知らない子どもが、果たしてそこまで考えられるものでしょうか? 何か仕出かしてもやり方がわからなければどうしようもないのではないでしょうか。親が手本になって見せたり、やったりしないといけないのではないでしょうか? 
 困った時には親が助けてあげる事によって、子どもは助けられたら嬉しいと学び、誰かを助けようと思える事を学ぶのではないでしょうか? 確かに勉強や経験等の様々な事は親は教えるのに限界がありますが、常識やモラル、優しさや愛情は親が教えられる事だと思うのです。だのに、わからないなりに何でも自分でやらせるスタンスで、世間に放したところで、誰かに迷惑をかけても責任を取るどころか謝る事さえも出来ない、本当にただの躾の悪いペットのようです。
「それはあなたの話。あなたは、子どもに相手の立場になって考えるなんて常識的な事は全く教えたりしてないのが今の言葉でよくわかったわ。そんな人と話していても無駄だけど、一つだけ忠告しておくわ。世間で起っている子どもの酷い事件は自分には関係ないなんて思わない方がいい。公共の場でのルールや一般的なマナーも子どもに教えられていないようなバカで自分勝手な親は、子どもになにをされても文句なんて言えないの。何故なら、あなたは子どもを守ってはいないから。あなたは子どもを守ったり教えたりしなきゃいけない親の責任を放棄しているから。そんな親がとやかく言う資格なんてない。それとも、自分の子どもは平気なんて考えているのかしら? だとしたら大間違いだわ。どの子も同じ。殺される時も同じ。悪い事をして怒られるのも同じ。皆平等なのだから。子どもがいるからって横柄になってもいい法なんて何処にも無いわ。むしろ、子どもが嫌いな人だっていっぱいいる。子どもは基本、声が大きい騒ぐ、それだけで騒音と同じぐらいの害を他人に与える存在だとよく覚えていた方が良いわ」
作品名:珈琲日和 その20 作家名:ぬゑ