慟哭の箱 12
自分たちが間違っているというのなら、いつか贖罪をする日が来る。清瀬は自身の決断とその結果を、すべて天命に委ねていいとさえ思っている。弱いものを守れないというなら、清瀬は天に逆らうことも怖くはない。
だから悲観してはいないし、自身の決意を悔いてもいない。この決意を揺るがすことができるとすれば、おそらく旭だけだろう。
「…このごろ少し変わったね、須賀くん。まじりあってきたっていうか」
「まじりあってきた?」
話題を変える野上の顔に、静かな喜びの色が見て取れる。出会ったころはこの女医を、不愛想で怖いと思っていたが、この頃笑顔をよく見せてくれるようになったと清瀬は思う。
「ええ。なんていうのかな、他人格のそれぞれの特性が引き継がれているっていうのか。真尋っぽい仕草とか、イシュのような考え方とか…独立していたものが一つの形に戻っていくのが、少しずつだけどわかるの」
それは清瀬も感じている。
「出会ったころのあのおとなしい彼もまた、抑圧された人格のひとつにすぎなかった。須賀旭という人間は、あの七人で構成されて、七人全員の要素をすべて合わせて彼なんだ」
イシュが言うには、これまで、多重人格であることそのものが、彼を守るための最強の秘密だったのだという。そのため、それぞれの人格は旭の実生活、関係者にその気配を見せぬようひっそりと息づいてきた。真尋のように、世間と旭の齟齬を修正できる力を持つ者以外は、その個性も役割も、すべて一弥によって厳重に封じられていた。
「その支配が消え、彼らも己の思いや要求を素直に出せるようになったのね。言い換えればそれは、須賀くんの思いであり要求であると言える。彼らの願いは須賀くんの願いでもあるのね」
だから、と交換日記を清瀬に手渡しながら野上は笑う。
「ディズニーランドも、あの子の願いなのかもね。自分の誕生を祝ってテーマパークに連れて行ってくれる…典型的な幸福な家庭の象徴だもの」
「そういう経験に憧れているのかな…」
クリスマスのリゾートか。悪くないかもしれない。あの子らが喜んでくれるのなら、寒さも人ごみもどうでもいい。これはもう親心だと清瀬は思う。自分でも呆れてしまう。