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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 下(2/4)

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鎧の男


   
 着地した時には、少女は気を失っていた。

(都合がいい。)

 抵抗しなくなった体を、内側に抱え直す。華奢で柔らかい、小さな体の重みが腕にかかった。こういうものに泣きわめかれると、古の賢者でさえ処置をなくしたものだ。

「主は偉大なり」

 少女を手に入れるまで、彼は二つの問題を抱えていた。だが、それが一挙に解決したのだ。突然現れた、この素質ある学生の少女によって。
 先ほどから自分を見続けている機械の瞳に対して、抱えた少女を見せつけるようにした。

「そこで見ているものよ。求めるものはただ一つだ――この学校が祀る聖石への道を開けよ」

 オレンジ色の静寂の中に、男の声だけが響いた。

「私は主に遣わされたもの。繰り返す。祀る石への道を示せ。虚言は挑戦と見なす。無視は侮辱と見なす」

 数秒して、スピーカーから声が響いた。

「――示して、それでどうなるというのです」

 意外なことに、機械を通して返事をしてきたのは女だった。

「それを私に施せ。この豊かな国ならば代替えはいくらでもきくだろう。主は、持つものが持たざるものに分け与えることを望んでおられる」

「その石には代替えなどききません――かけがえのないものです」

 彼は牙をむき出しにして笑った。

「私の村や子供たちも、かけがえのないものだった。お前たちの国が益した愚かな男が奪った。女の長よ。不当な目に遭わされたものが、受けた損害だけの報復をすることは、お許しがでている」

「おっしゃることが分かりません。わたしたちはあなたやあなたの村に関して何も知らないい」

「ではそれが罪だ!」

 建物全体を震わせるような声で、彼は叫んだ。

「知らなければそれですむと? 知ろうとさえしなければ――お前たちは、何のために、ゴミのように言葉を街に、至る所に溢れ返させているのだ。この世に悪はなく、あっても自分たちではないとお互いに魔法を掛けるためか? ――話は終わりだ。道を示せ、さもなくばこの学生を」

 少女の体を持ち上げるようにした時だった。

《生徒を放せ》 

 後ろから鋼鉄の腕が脇の下から伸び、左肩を羽交い締めにした。少女を抱えた右腕は、外側から手首を捕まれている。

「――ほう」

 その両腕も、振り返って見た頭部も白と黒に塗られた鎧甲に覆われていた。

《このまま手首と肩を外されたくなければ、降参しろ》 

「まさか、私の後ろをとれるものがいるとはな」

《この子を放せ!》

 両腕から、人間とは思えない力が加わった。

「面白い鎧だ」

 だが関節は壊れる前に、自ら軟化し流動化し、するりと彼の体を逃していた。彼は、何事もなかったように、少女を脇に抱えた元の姿勢で、男の脇に立って見せた。

《…?》

 男は、鎧の中で明らかに狼狽していた。

「銃器を装備していないのは、子供たちのためだな」

 脇に抱えた少女を、少し離れた場所に横たえてやる。

「この国では滅んだのかと思っていたぞ。電気の技を用いているのはいただけないが…闘士には時代ごとの鎧が許されるものだ」

 両腕に力を込めると、その部分だけコートが裂けて、巨大な獣の腕と、爪が現れる。

「来るがいい」

 彼が両腕を広げて差し招くと、鎧の男は無言のまま突撃してきた。

  *

 日向が学園前に着くと、既に多くのパトカーが停まり、校門周りを封鎖していた。

(うそ、ほんとにうちの学校?!)

 その周りには、マスコミや父兄らしき何人かの大人たちが既に群がっており、警官たちと押し合っているのが見えた。
 日向が駆け寄っていくと、警官の一人が両手を広げて押しとどめてくる。

「止まりなさい! 治安警報が発令されているんだ、直ぐに帰れ!」
「どうなってるんですか。まだともだちが中にいるかもしれないんです!」

 警官は一瞬口を開きかけたが、直ぐに閉じて首を振った。

「一般人に言う事は出来ない」
「そんな」

 すると、マスコミらしき男が、ボイスレコーダーを警官につきつける。

「無責任でしょう! 友人が我が身を省みずに駆けつけているというのに。中には、あの拉致暴行犯、和家港を襲ったテロリストがいるんでしょう、そうですね!」
「警官隊にコメントすることはできない! 後ほど国防の方に聞いてください」
「あいつらが答えるわけないじゃないか!」

 日向は直ぐに大人たちの間から弾き出された。
 
「あ、おい、月待やんけ」

 そこへどこかで聞いた、関西弁。

「熊崎」

 日向は、髪を逆立てたクラスメートに近づいて行った。

「なんやおまえ、忘れ物でもしたんか」
「そんなわけないじゃない。警報出てるのに。あんたこそ何しに来たのよ」

 熊崎は虚を突かれたような顔をしたが、舌打ちすると、観念したように言った。

「蜜柑のやつが帰ってないんや」

「え」
「実家同士はやりとりがあるからな…おばちゃんに電話で聞いたんやけど。まだ帰ってないって」
「…じゃあ、蜜柑ちゃん」
「ああ、十中八九学校…たぶん図書館の中や」
「なんであんたに分かるのよ」
「あいつの行けるところなんて限られとるわ。お前みたいな奴のそばでもなく、ウチでもなかったら、図書館か本屋しかあらへん」
「……」

 日向は、黙ったまま熊崎の様子を見た。

「そのくせしてあいつ、一番おったらあかんときに、おったらあかん場所におんねん。いつも、なんでそのタイミングでそこにおんねん、っていいたくなる奴なんや…」

 熊崎の表情は苦く、前を向いていたが日向を見てはいなかった。

(うん。こいつは大丈夫だ。)

 日向は判断すると、問いかけた。

「ねえ熊崎。ほんとに、中に犯人いるのかな」
「どうやろな…蜜柑がおるのはほぼ確定やけどな」
「警察の人って、周りを封鎖してるだけ?」
「ああ、全部の門見張ってくさる。んで、国防待ってるから、て何もせえへんねん」

 税金ドロもええとこやで――と熊崎は吐き捨てた。

「一番手薄なの、どこ?」
「西門かな。パト一台に警官一人――ておい」

 熊崎ははっとした顔をした。

「なんやて――その竹刀、まさかお前」

 そう言って、咄嗟に日向の腕を掴む。

「べつにあんたに迷惑かけるわけじゃないわ」
「かーっ、そういえば向う見ずがここにもおったわ!」

 日向は、相手の芝居がかった対応にだんだんとイライラしてきた。

「一刻をあらそうかもしれない。警察は動いてくれないんだよ」
「だからってお前が行って何すんねん。冗談もたいがいにせえ」
「冗談じゃないわ!」

 日向が叫ぶと、一瞬辺りが静まり返ったが、大人たちはそれが何やらもめている高校生男女の間とみると、また自分たちの揉み合いに戻った。

「……」

 熊崎が大人たちの方に目をやった一瞬、日向はその手を振り払っていた。

「あ! おま」
「これもってて」

 そして鞄から取り出した木箱を熊崎に押し付けると、

「お、おい」

 あっという間に西門の方へと走り去ってしまった。

「だから、なんやねんおまえら…!」

  *

 鎧の男の戦闘力は、瞠目に値するものだった。