月のあなた 下(2/4)
☾ 遠い月(齢不明) 1(2/2)
「この街には守り神だっているからな。なあ、老い知らず」
千切ったパンが差し出されたので、思わず尻尾を振って吠えた。
蜜が塗られているそれは、この上無い平安の味がした。
「まあ、老い知らずったら」
頭の上で、若い夫婦が笑った。
白い雷が、空を覆った。
次に、大地が割れる如き恐ろしい音と、熱波の王のような地獄の風が――
*
砂から自分を再構築するのには、一晩が掛かった。
軽い自分は、ずいぶん遠くまで吹き飛ばされたようだった。
何とか三本生やした足でよろよろと村を見て回る。
いや、正確には、村だったもの。象の牙の様に地面に刺さる黒焦げの椰子や、それの跡形もなく折れたもの。村の外壁は祈りの言葉と共に吹き飛び、村の家々も、巨人の掌で上から押さえつけられたように地面に沈み、土砂に覆われていた。
「こどもたち」
四本目の足を再構築すると、走り出す。
半壊した外壁の見張りの塔。そのそばでひしゃげた自転車に、見覚えがあった。
両前足で、必死になって土砂をかぶった瓦礫を掘る。前足が疲れたら、後ろ足を使った。瓦礫は、取り払っても取り払ってもなくならないように思えた。
やがてその下から出て来たのは、強く抱き合ったまま変色した二人の死体。
恐らく思考する暇もなかっただろうが、女の額は男の胸に。男の顎は女の頭に乗っていた。四本の腕はお互いの背中に回され。星々の輝きを宿していた四つの瞳は、静かに閉じられたまま。
「すまない」
頬を舐めると、降り被った灰に、殺しきれぬ死の味がした。
全身の毛が逆立った。
恐ろしい毒を持った灰だった。
これでは。
二度と水は飲めず、椰子は食えず、人は住めず。
これでは、もう二度と村を作る事さえ、できない――
作品名:月のあなた 下(2/4) 作家名:熾(おき)