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Hysteric Papillion 第1話

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首だけかろうじて動かして後ろを見ると、腰の方には、腕が回されていて、何と、頭突きを食らわせた女性が自分の体を正面から抱きしめていた。

顔に女性の胸がさっきよりも顔にギュッと押し当てられて、何かこう…自分も女なのに複雑な心境だ。   

これが、満員電車の中でなければ、かなり妖しいシチュエーションだということは、間違いない。

白昼堂々、女性が女子高生を抱きしめているんだもん。

しかも、しっかりと腰に手を回して…。  

それでもってさらに、冗談もお世辞も抜きでこんなに美人の女の人にこんなこと…。  

なぜか顔が赤らんできたのに気付いた私は、女性から体を引き離すように……もとい、顔を女性の胸から顔を離すように、ヒョコヒョコと後ろに下がろうとするんだけど、放す気はないみたい。

余計腕に力がこもってきて、せ…背骨が…。






「ちょっ…放してくださいっ…」  

わざと大きな声で言ってみる。   

だけど、むしろ向こうは、こんな反応を楽しんでいるようだ。   

この返事なしの、にこーっとした意味ありげな笑顔が、何だか、いやだ。

「だって、あなた、すごく抱き心地がいいんだもの」

「な…抱き心地いいからって…」  

そんな笑顔でそんなことをずけずけとよく言う人…ある意味感心してしまった自分が、情けないといえば情けないんだけどね。

女性は、頬をすり寄せるようにして、耳元でささやく。

「…そういえば、さっきの頭突き、結構痛かったんだけどなぁ…」   

うっ…さっきのことぉ…。  

「…これくらいのお詫びは、してくれても…いいんじゃない?」

最後の一文を耳に息を吹きかけるようにつぶやいてくるのに少し体を震わせた私は、仕方なくこの人の抱き人形状態になることになった。

少し体に力を入れて、直立立ちのままで…。

夏真っ盛り、しかも人が密集してクーラーも何もあったもんじゃない車内。

そんな中であるというのに、この人は涼しい顔をして目が合うたびに、微笑んでくる。

『背が高いな』   

この人に対する2つ目の感想は、これだった。  

自分でもこの年の高校生なら、男子と張り合えるくらいの身長はある。

その私の顔が胸に押し当てられるくらいなのだから、180くらいあっておかしくない。

特に、この人のまわりにいるのが中年のサラリーマンのおじさんや、私よりも背の低い男子校生たちだからこそ、頭ひとつ分、余計に目立つ。

どんな人ごみの中ででも、簡単に見つけられそうと思った。

『スタイルいいな』   

続く感想は、これ。   

先ほどから、嫌々…というか、向こうが好んでというか、感触からいうと、胸のほうはかなり豊かみたいだ。

…少し、いや、かなり羨ましい…って、そっ、そんなこと思ってないけど…っ。

と、とにかく、別に自分のスタイルなんて、気にするとかそんなことは…どうせ、この制服じゃあ、見た目どうでもいいはずなんだし…。

自分が降りる駅のアナウンスがかかるのと重なって、また、大きくガタンと電車が揺れた。

「っ…!」   

変な声を出しそうになった。 だけど、出る寸前でゴクッと飲み込む。  

「わー、可愛い」

ふっ、と、耳元で何かそんな声が聞こえた気がしたけど、うまく聞き取れなかったということにしておきたい。

ガタンガタタンと、徐々に電車は減速していき、見慣れた海の景色が開けてくる。

ギラギラとした太陽の照り返しが、とてもまぶしい。

もう一度小さく揺れ、シューッという音がして、ドアが開く。

電車の中から、一気に大量の人が吐き出されていく。

中心部から離れているというのに、この海岸沿いには、自分の高校も含め、大きなビルや学校が多く立ち並んでいる。

もう時間は、学校に駆け込んでギリギリだ。

よーし、走ろう!!

そう思い、人波を必死にかき分けて、ドアから踏み出そうとしたそのときだった。

首の辺りに、グイッと締め付けられるような、引っ張られる痛みを感じた。

自分の横から次々と人が流れていくのを見ながら、自分が動けないことを知る。

「あれ…?」

グウッと自分の首から伸びているのは、チェーンだった。

週に一度の礼拝のために、また、学院の生徒と他校の生徒を識別するためのロザリオ。

そのチェーンであるが、なんと、その先についているはずの金色のロザリオは、こともあろうか、自分を抱いていた女性の髪の毛に絡まっていた。

女性も、肩より下くらいの長さの髪の先端が、ロザリオのチェーンに巻きついているのを見て、さすがに驚いた目をしている。

「い…っ…!?」   

私がそう小さく口から漏らすと同時に、ドアは閉まり、見慣れた景色はだんだんと小さくなっていく。   









…冗談じゃない!!

『ロザリオが引っかかって遅刻しました。』

こんなの、お笑いでしかない。

後でどうなるか…。

「っ!」   

小さく舌打ちをすると、カバンを足元に投げ出し、スカスカになった車両の中、例の女性の髪を千切れるくらい強く引っ張ってロザリオを離そうとした。

だけど、焦る気持ちと指先は空回りして、なかなか糸が外れない。  

「ちょ…ちょっと待ってよ、痛いじゃない?」  

「え…あ、すいません」

反射的に頭を下げてしまう。

やばい!!そうだ、この人の髪の毛なんだから、当然無理やり引っ張ると痛いに決まってるじゃない!  

だあああああぁっ!!じゃあ、どうしろって言うの~~?!

半分癇癪を起こしそうだったそばから、腕が伸びてきた。

「全く…貸しなさいな」

…あきれはてたような、苦笑いなような顔を向けられた。

あの女性の細くしなやかな指がロザリオを取り上げ、自分の髪の毛を引っ張りながら、糸を外す。

まるで知恵の輪を外すように、至って簡単にスマートに外れ、ロザリオを差し出してくれた。

ストレートな黒髪が、引っかかっていたところだけ、ぴょこっとはねている。

「…どうぞ?」  

「あ…ありがとう、ございます」   


ん…??


だけど、そこで思った。   




ありがとうと言うのも、どうかな?   





そもそも、この人が自分の体を抱きしめたりしなければ、こんなことにならなかったんじゃないかな?   





ということは、お礼を言う必要はなかったんじゃないのか…と。





「…学校、間に合いそう?」  





「…はあ?」   





この言葉に、思わず聞き返してしまう私。   

自分のせいでこちらがこのような目にあっているとわかって言っているの?   

だけど、この人は私の上から覆いかぶさることができるくらいの密着した位置から、そっとつぶやいてくる。  

「聖マリアンナは、さっきの駅じゃない」  

「…あなたにあんなことされたせいで、遅刻です」   

皮肉めいたように言ってみた。   

でも、女性は、くすくすと笑うだけで、反省の色は一つも見えない。

…常識っていうものがないのかなあ?この人には?  

「あら、ちゃんと私は聞いたわよ?『抱きしめていい?』って」  
作品名:Hysteric Papillion 第1話 作家名:奥谷紗耶