Hysteric Papillion 第1話
「…いいなんて、言ってない、です」
「でも、返事がなかったっていうことは、いいってことじゃない?」
む…、あっているといったら…あっているかもしれない。
まずい。
ちょっと分が悪いかも。
「…ロザリオがくれた偶然ね?」
窓からの風に乗って、言葉と一緒に、この人の髪からいい香りがした。
シャンプーの匂いだろうか。胸がすっとして、また、満たされたみたいな感じだ。
もう、スピーカーからは、次の駅のアナウンスがかかっている。
「ロザリオがくれた偶ぜ…」
「お茶しない?」
私の言葉は、そこで止まった。
『お茶しない?』なんていうナンパの常套句が、こんな切羽詰ったときに、しかも同性で自分に迷惑をかけた人間の口から出てくるとは思っていなかった。
もちろん、答えは、
「遠慮しときます」
ふいと別方向に向こうとするが、グイッと引き戻されて、キスされそうなくらいに密着した位置に、女の人の顔がきた。
「どうせ遅刻しちゃうんなら、思い切ってサボっちゃいなさいな。たまには、息抜きもいいんじゃない?」
その言葉が言い終わるとすぐ、ドアが開いた。
「…冗談言わないでくださいっ!!」
みんながこちらを見てギョッとするくらいの大声でそう吐き捨てると、私は、足元のカバンを引き上げてホームに駆け下りていた。
窓越しにニコニコと手を振られていたような気がしたけど、無視して行った。
迷惑をかけておいて白々しいのもあったもんじゃない!!
いらだちに、上品なたちぶるまいなんて、どこかへ行ってしまった。
時計はすでに8時半を示そうとしていた。
下に下りてすぐ、タクシーを拾って学校に急ごう。
急いで駆け込めば、そう厳しくは言われないはずだ。
あ!その前に、追加料金を払わないと…。
そんなことで頭いっぱいで、もうあの女性のことなんて、すっかり頭の中からはなくなっていた。
作品名:Hysteric Papillion 第1話 作家名:奥谷紗耶