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嫌いなあの子

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8月に入ったある日、香奈からどうしても会いたいとメールが入った。香奈は入学当初は携帯やスマホといった物は持ち合わせていなかった。本人曰く、必要の無いものらしい。公衆電話という言葉も死語となりつつある現代でケータイを持っていない女子高生とは……と熱弁した結果かどうかはわからないが、香奈もiphoneを買ってもらって持ってきた。最初は、すごいねこれどこでも電話できるよと言っていた。僕がアプリやブラウザ、メールなどの使い方を教えると目をキラキラさせていた。ちょっと可愛いと思ってしまった。それも7月の初めの話で、今となっては立派なスマホ使いである。そんな香奈から会いたいと来たのだ。そういえば、夏休みといっても部活動はあるし、課題も多いしで香奈とは全然会ってなかったなと思い出す。香奈の身に何か重大な事でも起こったのかと不安になったので、部活動が休みの日にファミレスで待ち合わせる事にした。香奈といえども女の子だ。僕も少し気合いを入れて、買ったばかりの夏服を身に纏い、予定の時間より30分も早くファミレスについた。すると、そこには既に香奈がいた。その時の香奈の格好と言ったら……。どんな思い出でも心に閉まっておくべきなのだ。
どうして急に香奈が僕に会いたいと言ってきたかと言うと、学校があるときはほぼ毎日会っていたのに、夏休みに入ってからは半月も会えなかったからちょっと寂しかったらしい。そんなにストレートではなかったにしても、そんな感じの理由だった。もう、不覚にもドキッとしてしまった。学校では見せない姿の小柄な女の子が、上目遣いで、目を潤ませながらこんなことを言ってくるのだから、男ならドキッとしないわけがない。しかし、相手は香奈だ。もともと嫌いな相手だ。そんな訳がない。
完全にキョドった僕は、せっかくスマホがあるんだからもっと連絡してくれていいのに。とか言っていた。今思い出しても気持ち悪い。すると香奈は、部活が忙しいだろうなと思って。ごめんね。と何故か謝ってきた。謝られると自分も悪い気がしてきて、いや、なんか、こっちこそ連絡しなくてごめん。などと口走っていた。お前の連絡なんていらねーよと思われたかもしれないが、香奈は、明日から毎日ライン送っても良い? とか聞いてきたので僕は二つ返事でOKした。してしまった。
香奈と別れてから気付いたが、最近の香奈は入学時よりどこかおしとやかになった気がする。前は妙なテンションだったのに、今はなんというか……清楚系だ。やっぱり何かあったのだろうかと思ったが、結局気のせいで流してしまった。毎日のラインは楽しかったし、部活動はキツかったし、課題は期限に間に合わなかったけど、短めの夏休みが明けた。

教室に入ると、皆の雰囲気が若干違う気がした。これは気のせいじゃない。よくみると、髪が明るい色になっている人がいたり、化粧が濃くなってたり、単に日焼けがスゴい人もいた。香奈は相変わらず真っ白な肌で、少し髪が伸びた程度の変化だったのでほっとした。秋学期は、そんな香奈からのおはようで幕を開けた。
秋学期といえば学祭だ。学祭といえばクラスの団結だ。クラスが団結すれば男女の仲も深まる。男女の仲が深まれば彼女の一人も出来る! 僕は学祭がとても楽しみだった。ただの馬鹿である。結構クラスでも目立ちたがり屋な僕は学祭の実行委員長になった。何をしたいかの意見を集めたところ、クラスの展示はカフェに決まった。二十数日に及ぶ準備期間で、僕は出来る限りのサービスを考えた。何度もメニューを考え直したり、料理の作り方の徹底、机の配置など、僕の好みにクラス展示を完成させていった。僕の事を悪く言う奴もいただろう。学祭当日、クレープを焼いたり、コーヒーメーカーでいれた本格的"風"なコーヒーを出したり、メイド喫茶よろしくオムライスにケチャップで字を書くサービスをしたところ、売れ行きは中々の物で、大成功に終わった。実行委員としてがんばった僕は、先生やクラスメイトからもこれでもかというほど称賛された。
体育の部では、運動部である事を遺憾なく発揮して、そこそこ活躍した。
総合優勝こそ出来なかったものの、学年別優勝を果たし、こちらも大成功に幕を閉じた。学祭後の僕は、完全に浮かれていたと自分でも思う。そんなある日、事件は起きた。ある部活動の無い日の朝の事だった。クラスメイトの女の子からラインが入ったのだ。その子は優里といって、学祭の実行委員を一緒にやった仲で、準備中はよくラインで連絡をとっていた。でも、その日のラインは少し変だった。
「放課後、ちょっと残ってくれませんか?」
何故か敬語。何故か放課後。いつもとは違うそっけない内容。ここまでくると期待するものは一つしかない。
もしかして僕にも春が来たのか! そう思うと放課後が来るのが待ち遠しかった。香奈の顔を見るまでは。
秋学期になり、また席替えがあって、香奈とは隣ではなくなってしまった。でも右斜め前になっただけだったので相変わらず休み時間には話しかけてきていた。当然、香奈は優里とのラインなど知る由もないので、普段通りに話しかけてきた。その日、僕の頭の中は優里の事でいっぱいになっていたせいで、香奈にはそっけない返事になっていたと思う。すると香奈は突然、何かいいことあったの? と聞いてきた。僕は、え? とふいに香奈の顔を見た。見てしまった。
その、見たことのない笑顔を。

想像通り、優里は僕の事を好きだと言った。顔を真っ赤にして、真っ直ぐに僕だけを見てはっきりと。僕を好きだと言ってくれる、こんなに可愛らしい子の告白を断る理由はない。僕も少し前までは(勝手に)そう思っていた。なのに、なのに僕は優里に、ごめんと言った。優里は、そっか。じゃあねとだけ言い残して駆け足で去っていった。多分、泣いていたと思う。なんで断ったのか、この時の僕はたぶんよくわかっていなかったと思う。
振ったのは自分なのに、帰ると気分が沈んだ。これが罪悪感か、とか思った。その日、香奈から届いたラインの内容は「バーカ(テヘペロの絵文字)」だったので、何がだよ笑、と送っておいた。少しだけ気持ちが楽になった。

次の日、学校に行くのが憂鬱だったが、ついてみるといつもと特に変わりはなく、先にいた香奈がいつものようにおはようと言った。優里も普段と変わらない様子だったが、一度だけ目があった時に気まずそうに逸らされてしまった。それからしばらく優里から避けられていたが、次第に前のように話せるように戻っていった。

冬が近づいて来た頃、また事件が起こる。昼休憩が始まってすぐに香奈がちょっとちょっと、と僕の袖を引っ張ってきた。どしたん? と言うと、私、告白されたんだけどどうしよ。
と告げてきた。あまりのショックに一瞬固まってしまったが、すぐ我に返った僕は格好をつけてこう言った。
「そいつの事好きならOKしてもいいんじゃない?」
本当は、断れと言いたかった。でも、香奈を束縛する権利は僕には無い。
うん…。そうだよね、ありがと。
そう言うと、香奈はお昼ご飯も食べずに教室から出ていってしまった。
僕は激しく後悔した。香奈は決してブスじゃない。寧ろ、髪を上げ始めた最近は、今まで隠れがちだった眼の大きさが際立って、可愛く見える。
作品名:嫌いなあの子 作家名:mopo