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君のいないBrandnewday

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「…誰が、竜二がいたら幸せになれないなんて、言った?」

私は、涙をこらえながら、震える声で、竜二に面と向かった。
竜二は、まだ泣くこともなく、表情を揺らすこともなく、ただ押し黙っている。

「あたしは、直子さんのこと、竜二のお母さんのこと大好きだった。でも同じぐらい…竜二のことも、大好きなんだよ?」

「でも…」

「一緒に暮らそうよ。ううん、ずーっとずーっとずーっと、一緒にいて…竜二?」

その言葉に、竜二は、ようやくこくん、とうなずいてくれた。
そして私は、付け足すかのように、続ける。

「では、これから、一緒に暮らすにあたって、ケイちゃんとのお約束があります」

「え?」

「泣きたい時は、素直に泣くこと、我慢しないこと。……ごめんね、私ばっかり泣いちゃって。本当は、お母さんいなくなって、寂しいんでしょ?もう、我慢しなくていいんだよ?」

私は竜二を見つめて、竜二は私を見つめる。
その瞳は、許しを求めていた。
私の瞳は、きっと彼に、その許しのようなものをようやく、与えることができるものになっていたのだろう。
竜二は、そこまでしてようやく、堰を切ったかのように大声を上げて泣き始めた。
私の肩にしがみつき、私のもとで、ようやく泣いてくれたのだった。
その重みを、その温かさを抱きしめ、私も、少しだけ、泣いた。





次の日、遺品の整理にやって来た兄と名乗る男夫婦とオーナーや姉の前で、私は堂々と竜二を引き取ると宣言した。
しかし、兄と名乗る男夫婦は、喜ぶのかと思えば、大声で私のことを非難し始めた。

「ふざけるのもいい加減にしてくださいよ?あなた、引き取るって…」

「子育ては大変なんだぞ!?」

「わかっています」

「蛍子、本気なの?」

姉も心配してどさくさまぎれに質問をぶつけてくるが、『ちょっと黙ってて』と姉だけをとりあえず黙らせる。
オーナーはただ静観のみ、というように、何も言いはしなかった。

「それに、あなた、まだ19歳なんでしょう?」

「来週で20歳なんで、養子縁組は申し込めます」

「結婚もしていないし」

「普通養子縁組なら、片親で十分です」

「でも、結婚するときに私たちに竜二を押し付けるなんてこと…」

「結婚はしません。恋人も要りません、竜二と暮らせれば、それだけでいいんです」

「そんなこと、信じられ…」

まだぐだぐだと言いたいことが頭にはあるのに、言葉として出てこないのか、夫婦でこそこそと話し込んでいる。
竜二がその様子におびえて、私の体の後ろで震えていた。
私は竜二を抱き上げてやり、大丈夫だよ、と呟いた。

「あんたら、いい加減にしろよ!」

そこで吠えたのは、オーナーだった。
イライラがたまっていたのか、その吠え方は尋常ではなく、空気だけでなく、マンション全体が揺れているかのように思えた。

「あんたらよりも蛍子の方がよっぽど竜二のこと考えてんだぞ!?」

そのオーナーの言葉に、夫婦は黙り込み、ただ最後に、『書類のことで何かあったら』とだけ付け足してきた。
遺品整理は、思ったよりも早く進んでいった。
それはただ、物がほとんどなかったから、というのが正しい。
私のアパートにこの荷物のほとんどを移動させても問題ないほど、家具も電化製品も少なかった。
兄夫婦は、ほとんど使用していないミシンとミキサー、それに医療事務関係の資格用の参考書を持って帰るだけに至った。
私にとっては宝物のような部屋なのに、兄夫婦にとっては、妹の死は、バザーのようなものだったのだろうか。

「蛍子」

「はい」

全ての作業が終わってから、オーナーが簡単な料理を作ってくれて、姉と3人でビールで乾杯をした。
竜二には、グラタン付きのお子様ランチが作られ、ご機嫌そうに食べている。

「本当に、やっていけるの?」

「やってみないと、それはわからないけどね」

「ま、子供付きになったなら、すこーしだけ給料上げてやってもいいぞ?」

「ほんとですか?」

「今のままで二人生活していくのはちょっときついだろ」

「私も、困った時はすぐ助けてあげるわ。ああは言ったものの、あんたが竜二君のこと引き取ってくれて、ほっとしてるもの…」

姉はエビのガーリックオイル焼きを箸で突き刺しながら、大きくため息をついた。
オーナーも、同じく、と言葉をまとめ、姉とグラスを鳴らしていた。
…この時には、この2人が後に(2年後)結婚することになるなんて、思ってもいなかったけれど。











「……げ!!」

朝、目が覚めると、もうすでに7時を過ぎていた。
目覚ましは、止まっている。
いつの間に止めてしまったのかはわからないけれど、寝乱れたパジャマを直す余裕も、寝癖を整える余裕もないまま、階段を転げ落ちるようにキッチンへと向かう。
竜二を起こさないと、あいつはすぐに目覚ましかけるの忘れて寝るから…と1人で気が焦っていたのに。

「あ、ケイさん、おはよう」

「…あ、お、おはよう」

実に、竜二はさわやかにエプロン姿で迎えてくれた。
テーブルには、クレープとサラダ、それに竜二の今持っているフライパンではソーセージがこんがりと焼かれている。
私は、なかなか状況が飲み込めずに、とりあえずテーブルにつくと、スープまで出てくる。

「ちょっと待ってね、すぐ焼けるから」

「え、あ、うん」

「昨日、店でトラブって大変だったんでしょ?ぐったりしてたから、勝手に目覚まし止めちゃった」

「そういうことね…焦った私、バカみたいだわ」

ソーセージを盛りつけ、ヨーグルトとジャムの瓶を冷蔵庫から取り出して、竜二も同じようにテーブルにつく。
なんだか、妙に照れくさい朝だった。
竜二と同じように手を合わせ、いただきますを言って、フォークとナイフを握る。
クレープはこんがりと上手に焼けていたし、サラダのドレッシングも美味しく出来ている。

「僕も、これぐらいならできるもんね」

「じゃ、ちょくちょくやってもらおうかしら?」

「勘弁してよ、それはさぁ」

「ま、私の仕事を奪われるのも、嫌だしね」

クレープにソーセージを巻いて口に運びながら、私は皮肉る。
スープもよく出来ていた、教えていないのに、どうなっているんだか…。

「でも、ちょっと残念だなあ」

がぶっと大胆にソーセージを巻いたクレープを手で持ってかぶりつきながら、竜二はため息をついていた。
サラダをもごもごと口の中で噛み砕きながら、なんでよ?と私が訊くと、竜二は隣の椅子の上に置いていたらしい目覚まし時計を取り出した。
戦艦の格好をした妙な目覚まし時計だった。

「何それ?」

「去年、友達から誕生日に冗談でプレゼントされた戦艦型目覚まし。これ、目覚まし音が…」

とかちっとスイッチをひねると、ものすごい音量で軍歌が流れ始めた。
それこそ、『この家、右翼らしいよ』といわれるのではないかと思えるほどの、威風堂々とした…。

「だから、朝ご飯できたら、これでケイさんのこと起こしに行こうと思ったんだけどなぁって」

「こりゃあ、今度から絶対に早起きしないと…そんなので起きたら、一日中鬱になりそう」
作品名:君のいないBrandnewday 作家名:奥谷紗耶