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あなたに笑顔の花束を

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そして、どうしてか母親の勤める病院の方向ではない、全く違う方向へと連れて行かれ、着いた先は、公園だった。
今もまだあるごくごく普通の公園で、子供の遊び場というよりは、オアシスのような存在として大人向けに作られていた公園だ。
そこに、一台のワゴン車が止まっていて、そこで1人、チェック柄のエプロン姿で、テキパキと動いている人がいた。
僕の手を引いて母親は、そのワゴン車に近づいていく。
いい匂いが立ち込めている。
チェック柄のエプロン姿の人は、レジの準備をし、注文票を揃え…僕たちの姿を認めてはいなかった。

「こんにちは」

「あ、すいません、まだ、準備ちゅ…」

母親の声に瞬時に重なるような声。
僕の上に、影が落ちる。
それくらい、その人―ケイさんは、大きな人だった。
身長は、後から聞いたところによると、179センチだという。
むやみやたらに大きくなった、と本人は笑っているけれど、実は、今現在の16歳の僕でさえ、まだ171センチだというのに…!
ちなみに、母親は身長152センチとコンパクトなサイズで、僕はともかく、母親も見上げなければ会話できない状態だ。

「びっくりした、どうかしたんですか?」

「ほら、私の子で、この子、竜二っていうの」

と、母親の来店に驚いているケイさんを無視して、母親は僕を抱き上げ、彼女に抱き渡した。
まだ身長1メートル未満の僕は、小さくて、なおかつ軽いため、軽々とケイさんに抱きあげられる。
そして、ケイさんと目があった。
明らかに、戸惑っていた。
僕だって戸惑っていた。
だって、母親の相手が、女性だとは、到底4歳児の連想できるレベルを超えていたからだ。

「あの」

「可愛いでしょ?」

「…約束、明日だったはずなんですけど」

優しく微笑んで、小さく噴出し、そしてけらけらとケイさんは大声で笑い出した。
母親は、『あ…』と小さく呟いてから、顔を真っ赤にして動きを止める。
そして、僕は、ケイさんに抱かれたまま、固まっていた。





「とまあ、これが、ケイさんとの出会いってわけ」

「なんだぁ、オレ、あの人竜二の姉ちゃんかと思ってた」

友達である篤壽(あつとし)にケイさんのことを前からしつこく聞かれていたから、ややこしい部分(母親の恋人などなど)は切り取り、『初めて会う従姉妹だった』ということで説明すると、納得してもらえた。
確かに、ケイさんと僕は、親子には見えず、ほとんどの場合姉弟だと思われる。
でも、顔まで全く似ていないから、姉弟だと言っても、あまり信頼されず、訝しまれるのが現実だ。
僕は母親の顔立ちをそのままコピーしたかのように童顔で、目も二重だけれど、ケイさんは涼やかな目もとに、大人びた顔立ちをしていた。
出会った当初、ケイさんはまだ20歳そこらだったはずなのに、母親と行く分も変わらないくらいだと思っていたくらいだ。

「まだケイさん、30そこらなんだろ?いい相手とかいないわけ?」

「うーん、僕の知る範囲ではいないかな」

「でーももったいねーなぁ。すげえ美人じゃん、スタイルいいし」

「でかいけどね、僕よりも、篤壽よりも」

篤壽は、僕よりも背が2センチ低い。
そのぶん、必死になって朝から髪の毛をジェルとムースとワックスでびんびんに立ててくる。
お互い、平均身長に少し足りないのは、若干のコンプレックスだ。

「身長分けてほしいよな」

「僕もいつもそう思うよ」

「ちゃんと掃除してくれる?」

苛立ちを含んだツンケンした声が小さく届く。
今は放課後の掃除タイムだ。
教室内で、箒を持ったまま、モップを持った篤壽と話込んでいたら、女子に睨みつけられた。
彼女―有馬理穂(ありまりほ)は、分厚いメガネにひざ丈のスカート、そして、乱れないピン止めされた髪といういかにも典型的優等生な姿をした同級生だった。
あまり女子の中でも話を積極的にする方ではないみたいだし、そのせいか、クラスの中ではちょっとばかり浮いている。
だけど、僕の所属する体操部の隣で活動している新体操部に所属しているから、僕は、そんなに話さない中ではない。
実は、こう見えて、新体操部で活動する時は、メガネをとってコンタクトにし、さらにレオタードを着たら、結構スタイルがいいし、動きも素敵だったりする。
…やっぱり男だからか、そういう目で見ちゃうことも、許してほしい。

「…あ、ごめん」

「はーい、やりまーす」

篤壽のやる気ないこの言葉に、小さく舌打ちをしながら、有馬は黒板を消し始める。
正直言うと、僕はこんな彼女が気になる。
意外と、滅多に笑わないとはいえ、笑った時は、屈託ない笑顔でキラキラして見えるのだ。
…うーん…これが、恋ってやつなんだろうか。
なんて考えると、ちょっと、高校生らしいかもしれないと僕は思うのだ。

ところが、転機はいきなりやってきた。
それは、この日から4日後の出来事だった。

「ねえ、ちょっといい?」

「え?」

部活へと向かう軽い足取りの僕を、有馬が廊下で呼び止める。
今日は掃除当番じゃないから、スポーツバッグを持って体育館へと急いでいたのだ。
彼女は、あくまでもいつもどおりの優等生姿で、時計をちらっと見ながら、こう言った。

「ちょっと体育館の裏まで付き合ってくれる?」

不思議な誘いかけだった。
どう考えても、かつあげでは、ないだろう。
だとしたら、何だろうか。
僕は、一言、いいよ、と言ってしまった。
掃除当番の彼女が体育館の裏にやってきたのは、それから20分後のことだった。
セミがうるさく鳴く中、彼女はすたすたとさっそうと現れた。

「ごめんなさい、遅くなったよね」

「いや、掃除当番なら仕方ないよ。そんなに僕も待っていないし」

そういう僕は、実は20分以上待っていた。
だからか、うっすらと背中や首筋に汗をかいていたのを、彼女は見逃さなかったらしい。
ポケットからパウダーシートを出して、僕に一枚差し出してくれた。

「拭いたら?」

「ありがとう」

素直にそのシートを受け取って僕が首筋の汗をふき取っているのを見ながら、彼女はただ漠然とつぶやくように言った。

「望月君って、こう、柔らかい雰囲気よね」

「そうかな?」

「やさしくて」

「うーん、やさしいかな?」

「あんまり、男男してなくて」

「それはよく言われるかもしれない」

「モテモテよね、体操部に見学の女の子殺到してるし」

「僕にもそれはよくわかんないよ」

「一人称も、僕だし」

「俺っていうの、なんだか合わなくて」

「ねえ、私と付き合ってくれない?」

「え?」

彼女との会話のキャッチボールはどんどん早まって行って、いきなりの告白をストレートに投げつけられた。
彼女は、ほほ笑んでいる。
やさしく、ではなく、勝気なほほ笑みだった。
もちろん、僕はキャッチボールをやめる必要があった。
急な告白に、すぐボールは返せない。
それほど僕は、軽く言葉を投げられない。

「ダメ?もう好きな人、いる?」

「いや、そうじゃないんだけど」

「じゃあ、しばらくの間は試用期間っていうことにしようよ」

「試用期間って?」
作品名:あなたに笑顔の花束を 作家名:奥谷紗耶