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あなたに笑顔の花束を

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こんなことを言うと、マザコンのように思われてしまうかもしれない。
けれど、僕は、母親の夢をよく見る。
いつも決まって、彼女はお気に入りだった白いサマーワンピース姿で現れる。
そんな彼女の年の頃は、34歳。
子供の中の子供だった僕が言うのも何だけど、彼女は、少女のような人だった。
年を感じさせず、いつも、チャームポイントらしい八重歯を見せて、可憐に、そして、豪快に笑ってくれていたことを覚えている。
そう、これは、彼女の誕生日を祝うため、バーベキューをした時の光景だ。
背景は、海、晴れた日の、海だ、砂浜だ。
普段僕が暮らす場所には、海はない。
この海に行くためには、ほぼ内陸にあるといえる僕の家から、車で1時間はかかる。
なのに、彼女のこの笑顔の記憶があるからだろうか。
免許もない僕は、愛用の自転車で3時間以上かけてまでして、この海まで行きたくなることが、ときどきある。
そして、着いてみていつも喪失感を味わうのだ。



だって、彼女は、僕の母親は、もう、この世にはいないのだから。



海はある、だけど、彼女が足りない。

彼女は、僕の前から消えてしまって、女神さまにでも、人魚姫にでもなって、この海の中でひっそりと眠りについているのかもしれない。

でも、僕には、その姿を見ることは、できない。

一目会いたくても、もう、会えないのだ。



そして。
きっとあの人も、ずっと、同じ気持ちを味わっているに、違いない。




その日は、フライパンをお玉で思い切りよく叩いたような、そんな甲高い音が1階から響いてきた気がして、目が覚めた。
どうやら、それは本当に行われていたらしく、金属のぶつかる嫌な音が、脳みそを揺さぶる。
ベッドから遠くにある目覚まし時計を確認すると、うん、見事にセットされていなかったらしい。
カッチコッチと順調に時を刻み、今、7時半を回ったところだった。

「ったく、どうしてケイさんって、いつもこうなんだか…」

ちなみに、昨日は、フルボリュームで、ベートーベンの交響曲第5番を流された。
その前の時は、チャイコフスキーの白鳥の湖を1階に降りるまで延々とフルコーラス、流された。
山裾にひっそりと存在する家の利権といえばそうだけど、ご近所への騒音なんてものには縁がないので、朝から好き勝手ができるというわけだ。
いい加減、普通に起こしてもらいたい…とはいえ、目覚ましをかけ忘れている僕がいつも悪いので、文句は言えないのが現実だ。
彼女の―ケイさんのおかげで、僕はいつも遅刻をすることなく、学校に通えているのだから。

「リュウ、あんた毎日相も変わらずギリギリまで起きてこないんだから」

年季の入ったフライパンとお玉を両手に持ち、カンコラカンコラ叩いていたケイさんは、呆れ口調で僕にそう言う。
これでもう、何度目だっけ。
そう思いながら、僕はただ、『ごめんごめん』と言いながら、テーブルに着く。
彼女の身なりはもう完璧に整っていて、さらに言うと、テーブルには朝食がきれいに並べられている。
今日の朝食は、アジの開きに卵焼き、味噌汁に茄子の揚げ浸し、白いご飯に納豆と漬物。
いつもこのような完璧な食事がテーブルに並べられている。
今日は和食だけど、洋食も中華もケイさんにはお手の物である。
今日のアジの開きから味噌汁の豆腐と味噌と何から何まで、ケイさんの手作りだったりもする。
彼女の本業は、シェフなのでそれくらい朝飯前、らしい。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきまーす」

朝食だけは、一緒にとるように僕も、彼女も心がけている。
何しろ、僕は高校生、部活もあれば友達づきあいもあって、夜はいつ帰れるか不規則だ。
彼女も、昼のランチ、夜のディナーを終えて、全てを片付け終えれば真夜中近い。
…よく考えれば、ケイさんは、いつ、寝ているのだろうかと不安になる。

「リュウ、もう少ししたら、終業式でしょ?」

「うん」

「三者面談の紙、もらってないけど」

「あ…そうだった、ごめん、渡すよ」

味噌汁をのんきにすすっていた僕は、昨日渡された三者面談希望日に関するプリントをがさごそとカバンの中で探し始めた。
期末テストも終わって、あと1週間のんびり夏休み前のゆるやかな時間を楽しんでいる、というときの、地獄のような行事だから、忘れても、仕方ないと思ってほしい。

「はい」

「…8月にしよっかな~、それとも、来週の…」

ケイさんは、カレンダーとにらめっこしながら、ご飯をかっ込んでいる。
シェフなのに、なぜか食べ方だけは昔からあまりほめられたものではない。
それでよく、母さんに注意されていたことを思い出す。
頭の中だけが、記憶だけが、昔へと先走る。
こう言う時、僕はゆっくり目を閉じて、そして、目を開ける。
今は、現実を見なければ、と。






彼女は―ケイさんは、僕の母親ではない。
僕こと、望月竜二(もちづきりゅうじ)は、花の高校1年生、青春を謳歌する16歳だ。
ケイさんこと、望月蛍子(もちづきけいこ)さんの年は、今年で31歳。
確かに、15歳で僕を生んだ、といえば、そう考えることもできるけれど、実際は違う。

僕がケイさんと出会ったのは、12年前の春だった。
その日は、明らかに母親の様子がおかしな日だったから、よく覚えている。
朝からそわそわしているし、何か僕に対して言いたそうなのに、言っても来ない。
僕は、ただテレビでポンキッキを見ながら、朝ご飯のコーンフレークを食べていた。
母親は、料理が、ドがつくほど下手だった。

「ねえ、リュウくん」

「なあに?」

ようやく呼ばれて振り向くと、そこにいたのは、母親であって、母親じゃなかった。
なんだか、とても可愛い女の子がそこにいたようで。
確かに、年に比べていく分も若く見えていた母親だけど、そういうのとはなんだか違って。
もじもじしながら、だけど、力強く僕に、こう言った。

「ママ、好きな人が、出来たの」

なるほど、と僕は思った。
思い返してみれば、僕は、とてもしっかりしていて、そしてなおかつ、冷めていた子供だった気がする。
それもそうだ。
一応なりにも、病院事務の仕事をしていたとはいえ、母親の生まれつきのドジな部分やおてんばな部分は4歳児とはいえ、よく知っていた。
鍋を焦がしたら僕が洗ったし、母親が道に迷えば、僕が迎えに行ったものだ。
だから、僕は、母親に好きな人が出来たと言われても、なるほど、としか思えなかった。
普通なら、もっと驚いたりはしゃいだりしたのかもしれない。
あまりに冷めた反応だからか、母親は少し脱力していたような気もする。

「今日ね、その人に、一緒に会いに行こうって思うんだけど」

「どんなひとなの?」

「…素敵な人だよ」

今思えば、頬を染めて、恋する乙女モード全開だった母親のこの言葉に、僕はただ、ふうんとだけ言った気がする。
だけど、ずっと1人で僕を育ててくれていて、ドジながらも精一杯愛情を注いでくれた母親が好きになる人物には興味があった。
病院関係だから、お医者さんなのだろうか、などと考えながら、正午過ぎ、僕は母親に手を引かれて家を出た。
作品名:あなたに笑顔の花束を 作家名:奥谷紗耶