小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

月のあなた 下(1/4)

INDEX|6ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

襲撃



 祇居は、大和の組織について多くを知らない。
 自分の家に対する大和の態度は、殆ど国立公園の従業員が保護動物に対して取るものと同様だった。
 基本的に、争いごとも忙しいことも嫌いな祇居にとっては、それで何の不都合も無かった。

「自由にしていればいいのか」

 願っても無かった。
 学園長のその言葉がある以上、各部活の顧問らも自分に何かを無理強いすることは出来ないだろう。

(武道系もちょっと難しいだろうしなあ。)

 先日の一件を想いだし、苦笑する。

 そのまま当てどもなく、構内を歩いていく。

「まあ、まだ全員は部活決めてないし…ぼくもゆっくり決めよう」

 学級委員として得たデータを思い出しながら、一人ごちる。

(そういえば、月待さんは美術部だったな。どういう絵を描くんだろう。)

 少なくとも彼女がカンバスに向かっている姿は、見てみたい気がした。
 きっと背筋をぴんと伸ばして、生真面目な顔で絵を描いているだろう。
 僕が入って行って、声をかける。彼女は椅子に座ったまま、大きな瞳で僕を見上げる――

「……っ」

 思わず舌打ちしたときには、校舎の裏側を抜けて運動場まで来ていた。

(まただ。)

 どういうことだ。
 この五日間、常に、頭の中には彼女が居座っている。

 今日の二限目は正直、びっくりした。だが同時に、すべてが氷解した。
 中世欧州の十字教徒が製作した鏡――それは所謂〈魔女狩り〉に用いられたもので、強い零力を帯びた存在は全て拒絶する。
 そう、この世ならざるものを見る、聞く、交渉のできる能力者は、〈免罪符〉などと言って死後の世界を現世の法で量ろうとする司祭と、激しく衝突する存在だった。
 その時開発されたある種の水銀合金(アマルガム)は、零力――西洋の言い方なら魔力――を跳ね返す物質だ。当然それで鏡を細工すれば、その種の能力者を映さない事も出来る。

 ”要するに、君が映らないのは、この国の本当に力をもつ氏族が映らないのとおなじ理屈だよ。彼らだって、美津穂の鏡には映るからね。天地万物を映すのが、美津穂の鏡だから。”

 泣き止み始めた彼女にそう伝えると、

 ”そうなんだ…知らなかった。”

 呆けたような顔でそう答えた。
 だが、それからまた少し、暗い顔をしていた。

 まあそうだろう。いずれにせよ、自分が普通ではないという確証を積み上げられただけなのだから。

(彼女もきっと、自分の能力に傷つけられてきた人なのだろう。)

 だけど一つだけ良い事がある。
 僕は、彼女のその個性によって幸せになる人間を一人知っている。
 それを知れば彼女も明るくなって、三人で仲良く…。

(うぁ!)

「明日、来てほしいって言えばよかった…! …何やってんだよ…!」

 突然立ち止まって頭を掴んだ美少年に、数人の通行人が驚いて立ち止まる。
 祇居は慌てて、いつもの慇懃なポーカーフェイスに取り繕うと、背筋を正し、腹筋を意識しつつ二つで吐いて、一つで吸った。

 祇居はいつしか運動場のトラックも過ぎさり、背の高い網フェンスに囲まれた野球場にたどり着いていた。
 中では野球部が、ノックの練習をしている。
 だが祇居は、そのままフィールドに入って行く。

「月待さん…」

 前を向いているが、何も見ていないその側頭に、白球がさく裂した。

「――」

 弧を描いて、少し離れた場所に落ちた玉を、祇居は首をかしげたまま眺めた。

「――おおい、水凪!?」
「大丈夫かっ」
「だれだよ、奴なら片手でキャッチするはずだって云ったの!」
「まさか当たると思ってなかったよ」
「ごめん、ほんとごめん…君、水凪君だよね?」

 祇居は確信犯たちのコメントを聞き流し、こめかみを抑えながらボールを拾う。

「あ、いや、いいんです…ぼうっとしてる僕が悪いんですから」

 祇居が白球をグラウンドの中に投げ返すと、

「水凪、やっぱ高校野球やりたくなったんだろ」

 受け取った先輩――一日目のアッセンブリーで会った――がにやりと笑うと、

「三浦―!」

 足を高く挙げ、ノックを返すにしては強い球威で打席に投げた。
 革の音がはじけるように響き、キャッチャーミットに球が入る。
 美しいフォームだった。

「はは…」

 遥かに醜いフォームで倍の球速を出せるだろう祇居は、やっぱり造園部にしようかなと考えた。

「野球はいいぜ、なんていってもチームワークで戦うところが――」

 先輩が、ふっと操り糸を切られた人形の様に地面に沈んだ。
 祇居の目の前だった。

「尾上さん?」
「オノさん! どうしたんすか!」

 叫んで走り寄ってくる二人の野球部員。
 尾上の脇に跪いた祇居の頭上に、影が降りた。

「この土地の主か。まだ未熟なようだ――今後は外敵に注意しろ」

 左を振り向くと、コートを羽織った男がいた。
 髪は長く顔を覆い、ボタンを上まで留めて襟を立て、外からは目の部分しか見えない。
 その眼が、金色に輝くのを見て祇居は構えようとしたが、相手の掌がこちらに向けられる方が速かった。

 その掌から延びて来ているのは、さらさらと虹色に輝く一本の矢だった。
 矢は祇居の左胸を、真っ直ぐに貫いていた。

 膝を付き、項垂れたまま動けなくなる。

「許したまえ」

 一気に暗くなっていく視界の中で、ひどく敬虔なその一言を聞いた。