CBRの女
陽が落ちるまでは、まだずいぶん時間がかかりそうだった。
埠頭では相変わらず多くの釣人がかもめと同じように、風上を向いてじっとしていた。
釣れるのか釣れないのかわからないが、多分、海を見ながら糸を垂らすのが好きなんだろう。誰一人、嫌な顔はしていなくてむしろ楽しい顔をしている。
好きなことを好きな様にやるというのが、一番の幸せじゃなかろうか。
いろんなしがらみが面倒くさくなり、自分の好きな世界に逃げ込む。
それは婚外恋愛だったり、出会いを求めての恋愛ごっこだったり、人は自分の居心地のいい居場所を見つけて落ち着こうとする。それは自分自身を守るバリヤーみたいなものだ。心が落ち着ける場所をみんなそれぞれに探している。
ありさはCBRを法規制の制限速度いっぱいのスピードで走ってやってきた。
海島は約束の時間より1時間も早く着いて、ぼんやり釣り人を見物していた。そのあいだ釣り人が上げた成果はわずか3匹だった。よくやるなと海島はどうでもいい釣り人に同情していた。
「よっ」海島はCBRに股がったありさに近づき、軽い挨拶をした。
「は~い」ありさもいつもの返事だ。
「なんか相談があんだろ?」
「よくわかるわね」
「何年も付き合ってるじゃないか」
「じゃ、グズグズ言わないで単刀直入に言うね」
「ああ、いいよ」
「私と結婚しない?」
「はぁ~?」海島はいきなりの言葉に面食らった。
「赤ちゃんできたの・・・」
「なっ、なっ、待てよいきなり・・・赤ちゃん?妊娠したのか?」
「うん・・・、だけど海ちゃんの子供じゃないのは確か・・」
「はぁ~?何、言ってんだよ。俺の子供じゃないのにパパになれってか?」
「うん。なって!」
「・・・」
「海ちゃんが一番だもん」
「・・・一番は嬉しいけど、誰の子なんだよ」
「よくわからない・・・ふしだらよね」
「検討はつくんだろ?」
「まあね。でも、そいつ達とは結婚したくないの」
「あのさ、言ってることがむちゃくちゃなんだけど。パパになんかなりたくね~よ俺も」
「そうよね・・・」
ありさはヘルメットを手に取り、その場から離れようとした。
「ちょ、ちょっと待て待てありさ。簡単な話じゃないんだろ」
「・・・」ヘルメットをミラーにかけるとありさは海島を見ないで、埠頭の沖に広がる海を遠くに見つめた。そして、涙腺が緩んだのか目から涙が・・・。
海島が初めて見るありさの涙だった。
「悩んでんだな。生むのか?」
「・・」ありさは首だけ頷いた。
「なんで俺なんだ?言い易そうだったからか」
「・・」今度は横に首を振った。
続く