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先輩

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 学校の正門の通りに来たあたりで母が呼んだ。学校にはパトカーが何台も止まっていて、警察が何十人も集まっている。まだ事件は片付いていないのか。
「あらやだ、怖いわねえ。こっちから行きましょ」
 母は私をぐいと引っ張って進行方向を変えた。でも、確かこっちの道にはヤクザのビルがあったような……。
「かおるくんがね、言ってたよ」
 さっき言いかけていたことのようだ。
「美紀さんは、僕が守ります! って」
 また心臓が活発に動き出した。母の腕を振りほどく。
「あれ? もしかして……やっぱり美紀、かおるくんのことすきなの〜?」
 母がニヤニヤしながら私の顔を覗く。私は絶対に顔を見られないように限界まで母とは逆の方向に首を曲げる。
「う、うるさいなぁ! 私の好きな人なんて、どうだっていいでしょ!」
 母ははいはい分かりましたわよ〜と言いつつも、まだいやらしい笑みを浮かべていた。もう、恥ずかしくてしょうがない。
「美紀も――かおるくんのこと、しっかり守ってあげなさいよ」
 母は急に冷静な口調に変えて言った。
「男だからとか、女だからとか、そんなの関係ないの。お互いを支えあうのが大事。頼ってばかりじゃ駄目よ」
「でもお母さんは、お父さんに散々色んなこと任してるよね……」
「結婚すれば変わるのよ! 中学生にはまだ早い!」
 いつもの口調に戻って母はそう言い、こつんと私の頭を叩いた。
「あらあら、もう〜、ここにもお廻りさんがいるじゃない!」
 母の視線の先には、パトカーが道路に停められるだけ停めてみたというぐらい、何台も停められていた。歩道にまで飛び出していて、通行止めになっている。
 そこは、北のビルの前だった。
 ちょうど中から、頭頂部に気持ち程度の毛しか載っていない中年の白衣を着た男が、情けない顔をして腕を掴まれて出てきた。そのままその男はパトカーの中へと消えていった。まわりには警察の他にも、近所の野次馬や取材陣が何人も集まっている。
「あそこ、ヤクザとか犯罪者の治療をしていた病院だったんですって」
「病室から異様な臭いがするから、開けてみたら死体が出てきたとか聞いたわ〜」
「あの人、昔は別な場所で普通の病院をやっていたらしいけど、腕もあまりよくないし、性格も悪いからすぐ潰れたから、ここで闇病院を開いたんだってよ」
 こそこそ話をしているのに、音量はでかい婦の声が私の耳に入ってきた。
「あらやだ〜。どうしてこう同じ日にこんなことが起きちゃうかね〜」
 母はまた私の腕を文字通りわしづかみして、Uターンした。
 結局、かなり大回りして私達は家に帰っていた。
「美紀、今日はゲストが来てるわよ」
 母が玄関の鍵を開けながらそう言った。
「ゲスト……? 誰なの?」
「ふふ。美紀は会うのかなり久しぶりよね〜」
 がらがらと、滑りの悪い引き戸を開けた。中に入り、靴を脱いで揃えないまま大広間へと向かった。
 そこには――。
「美紀っ!」
「ね、姉さん!」
 私の実の姉――桜姉さんが、キキを抱いて座っていた。
「美紀、無事だったのね!」
 姉さんはキキを膝から降ろし、立ち上がると私に向かって歩き出し、そっと私の体を包み込むように抱いてくれた。
 あたたかくて、やわらかい。このまま眠ってしまいそうなぐらい気持ちが安らいだ。姉さんの体からは高そうな香水の、すごくいい匂いがした。
 私は姉さんに身を預け、しばらくそのままの状態でいた。
「あらあら。まるで桜がお母さんみたいね」
 母がふふ、と笑って、台所へと歩いていった。
 
 姉さんがちゃぶ台の前に座ると、私は出来るだけ姉さんの傍にいたかったので、向かい側でなく、隣に座った。
「さっき男の子が来て、いろいろと聞いたよー。ちょうど私も昨日の夜に帰ってきたところでね、大変なことがそこの中学校で起こって、その場に美紀もいたって聞いて、お姉ちゃん実家に帰ってきて早々、倒れそうになっちゃったよ」
 姉さんは髪を少し短く首が隠れるぐらいに切り、髪色も少し落ち着いた濃い茶色になっていた。それでもやっぱり姉さんは綺麗で、短いスカートからはモデルのように細くて長い足が折りたたまれていた。私の足なんて比べ物にならない。
「ご、ごめんなさい!」
「いいのよ。こうして無事に帰ってきてくれたんだもん。…安心した。それと、お姉ちゃんもしばらくこっちで暮らすことにしたから。学生の時は美紀と顔を合わせることも出来ないくらい忙しかったけど……最近は仕事が仕事で結構暇だから。ちょっと遅いけど、やっとお姉ちゃんらしいことしてあげられるよ」
 姉さんはにっこりと笑った。馨先輩とはまた違う、母性的な笑顔だった。
 私は今まで起きた様々なことを姉さんに話した。昨日の学校で起こったことはもちろん、ストーカーと何度も遭遇したことや、リンとのことなど、姉さんには何でも話せた。
 馨先輩の話をしたときは、ちょっと恥ずかしかった。けれど姉さんはどの話もひとつひとつ、私の眼を見ながら真剣に聞いていてくれた。時折悲しい表情や驚いた顔をしたが、それも当然だ。昨日の出来事を聞いたら誰だって衝撃を受けるだろう。
 私も姉さんから色んな話を聞いた。どうやら姉がこっちに戻ってきたのは、仕事の関係もあるが、姉の暮らしていたところでも大きな事件があったらしい。姉さんも私と同じように――かどうかは詳しく聞かなかったので分からないが、それに巻き込まれ、非難するような形でこっちに戻ってきたようだ。
 どんな大事件に巻き込まれたのかを聞くのは……また別な機会になりそうだ。
「林檎ちゃんは――」
 姉は少し悲しい顔を浮かべながらリンの話をした。
「たぶん、死にたいからとか、生きていることがつらいからとか、そういう理由だけで亡くなったのではないと……お姉ちゃんは思うわ」
 「私も――それは思ってる。いえ、そう信じてるわ。でも――それなら何が理由なのか、って考えると全然分からなくて……」
「お姉ちゃんもね、高校の時……大切な人を失ったことがあるの。その人も自ら命を絶ったの。……結局、死んでしまった理由は分からなかったわ。遺書もなければ、そういう話を聞いた子もいなかった。ほんとにある日突然、この世を去ったのよ」
 でもね、と姉は顔をあげ、私に顔を向けた。
「たとえもう一生会うことが出来なくても、ちゃんとその子は今もしっかりと生き続けているのよ。私の――心の中に。だから、記憶からなくならない限りは、その子も私とともに生きているの」
 美紀の中にも、と言いながら姉さんは私の胸に手の平をそっと置いた。
「林檎ちゃんは生きているよ。だから――ずっと忘れないであげてね」
 姉さんは目を細めて笑顔になった。右目の端から僅かに涙が流れていた。
「今はこうやって偉そうに美紀に言えるけど……当時の私も、立ち直るのには時間が掛かったわ。普段は平気になっても、もしからしたら、少し気分が落ちたりしたときに悲しくなったりしてしまうかもしれない……。でも、美紀は一人じゃないわ。辛くなったらお姉ちゃんでも家族の誰でもいいから、辛い気持ちを打ち明けて」
「姉さん……。――ありがとう」
 姉さんはまた私の体をぎゅっと抱きしめた。私も姉の体に手を回した。
作品名:先輩 作家名:みこと