先輩
彼女の笑顔は、再び心のない人形へと戻ってしまっていた。
「違う! そんなものじゃない。僕は……真実を知りたかった。家族を知り、逢ってみたかった。そして父と姉さんを再会させてあげたかった! ……それが僕の――目的だ」
「確かに、父と逢えたことは感謝するわ。……本当にありがとう」
沙耶は無表情だったが、瞳から喜びを感じることができた。
「でも――私もそうだったけれど、あなたも林檎の行動までは読めなかったようね。もしかしたら私――罰が当たったのかもしれない」
くすくすと、沙耶はわざとらしく笑う。
美紀さん、と彼女は突如私の名前を呼んできた。
「始業式の日に好きな人の話をしている時、林檎はあなたに対してなんて言ったの?」
「え、えっと……確か、みーちゃんのことが好きだって……」
「ふふふ。その通り。じゃあ本当のことを教えてあげるわ」
沙耶は感情のこもっていない笑顔のまま言った。
「林檎はね、今日私と会う前に、既に自殺していたのよ」
頭に、矢が刺さったかのように、痛みが全身に渡った。
「リンが……自殺……?」
「あの子は最初から私のことを本気で愛してくれていなかった。これが証拠よ。彼女の最後のお言葉よ。大切にとっておきなさい」
沙耶は胸元から薄いピンク色の手紙を出し、私に向かって投げた。しかし風の所為で彼女と私の間に位置する床に落ちてしまった。
「それとね、もう覚えてないかしら? 私とあなたが最初に話したとき」
何も覚えていなかった。
「他の子を襲って、あなただけ最後まで襲わなかった理由。それは――」
「あなたが、私に『お母さん』をくれたからよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏からある思い出が蘇ってきた。
そうだ。私は彼女――沙耶のことを前から知っていたのだ。
始業式の日、彼女を見て驚いたのは、人形のような顔に恐れただけではない。元々美しかった彼女の成長した姿に、驚いたのだ。
「林檎のことは、心配しなくても、天国で私が守っていてあげるから大丈夫よ。それでは――」
ごきげんよう、と沙耶は言い、ゆっくりと瞼を閉じ――。
三度目の銃声が鳴った。
音は響くことなく、空に消えた。野外だから当たり前なのかもしれないが。
ただ――、私の耳の中では、彼女の最後の言葉と共に何度も何度も響いた。
沙耶は地面に倒れた。
彼女の周りには黒い水溜りが広がった。
馨先輩を見た。
馨先輩は俯き、銃を床に捨て、眼鏡を外して目を擦った。
私は床に落ちた手紙を広い、沙耶の顔を見た。
ビスクドールのように整った顔は、リンと同じく、真っ白くなり、人形のように無表情だった。
夜空を見上げると、月は雲に覆われ、星は一つも出ていなかった。