月のあなた 上(5/5)
「銃器の発明以降はグールと人一対一じゃあ先ず勝ち目がないし、多くの場合コミュニティにばれたが最後、遅かれ早かれ駆逐されちゃう、というわけ。ホラー映画とかのあれは、人間の方が馬鹿みたいに少数で乗り込んだ場合だけだから。ふつーあんなに馬鹿じゃないから。パワーバランス逆だから」
某有名なガンシューティングゲームのスクリーンショットのボード。
「そして十九世紀後半に衝動を抑える薬が開発されてからは、帝国なんて作ろうとする人もいなくなりました、と」
最後のボードは、クレヨンの絵だった。各国の子供たちが地球の上に立
って手を繋いで輪を作り、その中にちびドラキュラが混じっていた。
「でもやっぱり、わたしたちが衝動的に血を吸おうとする時、それは相手に何らかの影響を及ぼすのはたしからしいのよ。らしい、っていうのは――ほらあたし、だれも傀儡にしたことないから」
「あ、そうだよね」
日向はぽん、と手を打った。
しろはそれを見ているかのように頷く。
「でしょ? ここに、ちょっと面白い奇跡があるのです」
「きせき」
「そう。血を吸っても、相手を傀儡にしない方法。それはね、ずばり性行為と一緒!」
言い切って、一旦停止したしろはゆっくりと鼻の下に指を当てた。そして何も付いていないのを見ると自慢げにカメラに向けてくる。
「よかったね…かあさん…」
娘がため息を吐くと、母はテレビの中でうんうんと頷いている。
「つまり、相手に自分への恋愛感情を抱いてもらうか、相手が相応と認める代償をこちらが提供する事で――そのことをお互いがちゃんと意識していれば、血を吸っても、罪を犯さないで済むの。
血を吸われた側は献血したような感じになって、わたしたちは衝動が収まって、それで終わり。ほら、中国の〈白蛇伝〉とかさ、ネズミーの〈美女と野獣〉とかさ、けっきょく上手いこと結ばれちゃうケース、あるでしょ? あれ実話に基づいてるから」
「へえ…!」
胸の中からあたたかい希望が湧いてきた。
そうだ! 自分はその物語の成果物ではないか。
たとえヒロインが成人中二病で、ヒーローが冴えないくせ毛のサラリーマンだとしても…
「そうそう。つまり、自発的に相手が血を供給してくれる、っていう関係が成り立てば、吸血行為に傀儡の力は伴わない。そしたら話は簡単でさ、大抵の人はお金でカタをつけちゃうわけ。
謎にお金を貯め込んで、滅多に人前に出なくなる。美津穂の旧家・名家だって半分くらいは怪しいもんよ。ドラキュラ伯爵なんて、もとはと言えば戦争で破産しちゃったせいで、無理矢理やり始めてあんなことになったらしいよー。くふふ」
楽しそうに語る。
この母親に語らせると、恐怖の大魔王でさえご近所の出来事になってしまうのだろう。
「わたしたちだって、人間だもの。持病は個性! 多様な価値観の中をしぶとく楽しんでいきましょう」
「あはは!」
ビデオを見終わった日向は、世の中でやっていくための自信を得たような気分になっていた。
――なっていた、はずだった。
*
ドアが閉められた後、日向の部屋からは、レッド・ツェッペリンの『イミグラント・ソング(移民の歌)』が流れた。
次いでマリリン・マンソンの『ザ・ファイト・ソング(戦う歌)』が流れた。
切れ間切れ間に、歯を抜かれた子供のような泣き声が聞こえたが、携帯のMAX音量はもとより、泣き声も数十メートル先の隣家には届かなかった。
しばらくして音楽は停まり泣き声も収まり、その後ボブ・マーリーの『リデンプション・ソング(解放の歌)』が流れはじめたが、そのギターの音は、柔らかく遠くまで響いた。
作品名:月のあなた 上(5/5) 作家名:熾(おき)