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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(5/5)

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 それを〈作る〉のに、君は本来権力もお金も、言葉さえも必要ないんだよ! 君はやつらとは出自(でき)が違うんだ。天与のものを行使しさえすればいいんだ。
      会えて嬉しかったろう? 
失ってしまうのは怖いだろう? 
   嬉しさと怖さの天秤、これ以上はとても耐えられない! 

この子は自分の人形(もの)にしちゃおう、きっと喜んでくれるよ!

  ”殺すわよ!”

「ちがう! ちがうっ!!」

(わたしはばけものじゃない!)

 日向は脱いだブレザーを鏡に投げつけると、ベッドに倒れ込んで枕に顔を押し付けた。
 そして何度も何度も、拳で布団を殴る。  

「わたしが欲しい高校生活は、そんなんじゃない…!」

 その後も、暫く日向の部屋にはくぐもった叫び声と、布団を殴る音が響いていた。だがそれもやがて間隔が広くなっていき、最後には、赤子の様な嗚咽と、鼻を啜る音だけがするようになった。

「…わたしは、そんなこと…」

 日向は、母からのビデオレターを、頭の中で反芻した。

  *

「さて」
 
 しろは白衣に角帽、玩具の鼻ヒゲ眼鏡といった衣装でそのパートを進めていた。
 その格好も、好きな漫画か番組から取って来たものなのだろう。

「吸血鬼に対して、いろんな人がいろんなことを言ってるけど、まあ、半分は本当で、半分は嘘っぱちです。しかも本当の半分も、当てはまったりなかったりします。当然ですね。わたしたちだって人間だもの」

 最後の言葉も、この人のなつかしい口癖だった。

「まあ、確かめるまでもないとは思いますが、まずはコレ! 第一問!」

 テーブルに裏返しに置かれていたボードに手を伸ばすと、一枚目を起こす。

「吸血鬼に血を吸われると、吸血鬼にな、る! まるか、ばつか。まるかばつかで答えてください」

 規則的な電子音のメトロノームが時を刻んでいき、やがて高い笛の値がして止まった。

「ばつ」

 日向は確信を込めて答える。

「答えは…ばつです!」

 玄関のチャイムを三回連続で押したようなBGMが流れた。しろは脇から〈×〉が書かれた円い札を挙げる。

「血を見るよりも真っ赤なウソってやつですねー。少なくともこの美津穂では、そんな吸血種は存在しません! ねえあなた、吸血鬼になった?」

「いや…冴えない中年サラリーマンだな」

 画面の外側から、父親の声がした。いつものように、柔らかい落ち着いた声だ。
 すると母は左手を口にあて、右手で画面外へ猫パンチをした。

「ちがうわよ! 世界で一番かわいい妻を持つ、冴えない中年サラリーマンじゃないの!」

 鈍い衝突音がして画面が揺れた。
 父が項垂れた頭をカメラにぶつけたらしい。

 しろは構わずに、右手を腰に当て左手の人差し指を立ててまくしたてる。

「というのが現実よ? ひなた。ドラキュラクイーンだろうがバンパイアプリンセスだろうが、法の枠内で幸せになろうと思ったらふつうに働いてふつうに恋して男捕まえるしかないのっ!」
「あ、うん」

 穂乃華が聞けば異論を唱えるであろう意見だったが、勢いに押されて日向は頷く。

「大体吸血鬼がそんな方法で増やせるんだったら、とっくに全地球上を埋め尽くしとるわい!」

 しろはボードを後ろへと投げ捨て、さらに机に伏せてある二枚目のボー
ドを捲る。

「それでは第、二問! 吸血鬼が血を吸うと相手をアンデッドにしてしまって、傀儡にしてし、ま、う!」
「ばつ!」

 日向は元気よく答えた。
 すると今度は、低い電子音が断続的に鳴った。

「ぶっぶー。今のは意地悪問題でしたー。うふふー。答えは」

 しろは〈〇〉の札を上げ、降ろさぬまま、〈×〉の札を一緒に上げた。

「半分あたりで半分外れ-。〈〇〉か、〈×〉か、〈〇か×〉か、で答えてっていったじゃない! くふふ」

 思い切り顎を逸らして見下してくるドヤ母。

「ただの吸血では、傀儡にはなっても、アンデッドには、なりません!」
「…そう、なんだ…」

 傀儡に、できるんだ。
 日向はがっかりした。

 それではやはり自分はモンスターではないか。

 そして、さらに次の下りを聞いて緊張が強まった。

「そもそも我々における不死とは何ぞや? 血液を常食にしてしまうことで起こる老化停止のことよね。この状態に至ると生殖機能が無くなってしまうことは、お赤飯編で言った通り。で、なぜ傀儡化があるかというと、この段階に至った人が食料を安定確保するためです」

 食料――母が平然とその言葉を口にしたとき、背筋を冷たいものが走った。

 だが画面の中のしろはそれを知ってか知らずか、調子を変えずに続ける。
 ボードには不相応にコミカルなイラストで、ドラキュラと農夫の四コマ漫画が描かれている。

「想像してほしいんだけど。私たちが吸血衝動を覚える時、頭が割れそうなくらい血が呑みたくなるよね? 
 すると、①(マルいち)。
 大抵の人は手当たり次第に飛びついてしまいます。
 でも、むこうだって必死で反撃するよね? 
 これ、②(マルに)。
 でも吸血衝動がある時に暴力を受けると、わたしたちはキレてしまいます。飢餓状態の人間と一緒。
 大体はもう、いいから飲ませろーっ、て無理矢理吸っちゃう。
 ③(マルさん)ね。
 こうすると、④(マルよん)、相手は九割方傀儡になり、吸った本人にとって血液の常食化――すなわち不老化が始まります。
 ここでのポイントは、ほとんどのケースでたんなる〈吸血〉と、〈相手の傀儡化〉と、〈吸った本人の不老化〉はセットで起こる、ということね」

 しろは概念図を書いたボードを取り上げ、矢印マークでポイントを示した。

「一口飲んだ瞬間から、牙からは自分の血が相手に注ぎ込まれています。この血には傷を癒す効果、プラス体組織を吸血鬼に近いものにすることで支配してしまう効果があるわ。
 そして、二人はロードとサーヴァントの関係になり、自分の言うことだけを聴き、警察にも届けないパートナーが生まれる、と」

 ボード上では、噛みつかれて倒れていた農夫が起き上がって、ドラキュラと握手するシーンが描かれていた。

「でもサーヴァントとロードは飽くまで〈近いもの〉であって、やっぱり生物として次元が違うわ。
 サーヴァントも不老化しているから、他の人間を襲わせつづければ不死の存在に近いものにはなるんだけど…ふつー、衝動的に襲った人が永遠を一緒に過ごしたい理想のタイプ、なんてことないよね。だからその人には申し訳ないけど、血液量が切れた所で土に戻ってもらって、ロードは泣く泣く逃亡の旅を始める…のが通例ね。
 勿論自棄(やけ)になった人は、どんどんサーヴァントを作って、サーヴァントにも劣化コピーであるグールを作らせて、倍々ゲームで千年王国をつくろうとしたりするんだけど、先ず成功しないわね」

 赤い丸が中心に一個描かれ、その周囲に四つの紫色の丸、更にその周囲からボードの端まで沢山の青い丸がかかれた図。