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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(4/5)

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 穂乃華はそっとその肩に手を置いた。

「フレー、フレー! ひ・な・た! がんばれ、高校、ひ・な・た!」

 息を凍らせ、頬を紅潮させた成人女性の美少女戦士が、思い切り手足を振り上げて踊っている。

  *

 そして三分後、タオルケットを全身に巻き付けたしろは、室内で鼻を啜っていた。
 八ラウンド戦い抜いたボクサーの様に、腫れぼったい目をして、何度もクリネックスを鼻にもっていっては、おおきな音を出してかむ。

「ティッシュだけはデジタル化できないわねえ」

 それは丁度、今姉妹がこのDVDを見ているこの居間、このテーブルの前に置かれた、このソファだった。
 鏡を挟んで対面しているような感覚が、少しあった。

「そりゃそうだろ」  

 穂乃華が、やや疲れた顔でツッコミを入れる。
 画面の外から父の声がした。

「あはは、そうだなあ」
「でしょー」
「なに、このアタマの悪い夫婦」

 画面の中のしろが、もう一枚ティッシュを取ろうとし、手を停めた。

「…また何かほのかちゃんに云われた気がする」
「お、そうか?」

 それからしろは、ソファから立ち上がって画面に近づいてくる。

「あー! ちょっと、もう点いてるじゃない馬鹿!」
「こどもの前でばかとか、どうかと思うなあ」
「うーるーさーいー! わざとだな!」

 しろはティッシュ箱を画面外へ投げつけた。そして画面に振り返った瞬間、両手を胸の前で打ち合わせる。
「しゅたっ!」
 と自分で言いつつ素早くソファまで戻る。
 笑顔で、何もなかったかのごとく。

「さて! 高校生ともなれば…はれてR15指定のビデオも見放題となるわけですが――うふふふふふ」

 まずそこかよ、と穂乃華は思ったが、もう何も云わずに置いた。
 しろは、両拳を握りしめ、子供の様に目を輝かせ始めた。

「でもやっぱり、主眼となってくるのは、本格的な、恋! 恋愛!」
「…こ…!」

 日向は息を呑んだ。

「わたしとお父さんが出会ったのも、まだ二人が十代半ばの…」
「はいうそー」

 穂乃華がすかさずいうと、しろは唇を尖らせた。

「…はいはいそーですよ、大学ですよ、だいがくぅー。おくてでごめんなさいねぇー。ほのちゃん、そろそろどっか行ったらぁー?」

 穂乃華は、ため息を吐いて立ち上がった。

「はいはい。ひな、あたしコーヒー淹れて来るけど、見てなよ。何飲む?」
「あ、じゃあゆずはちみつ」
「おっけ」

  *

 キッチンに着くと棚からコップを取り出し、それぞれ中身を入れる。

 母さんは、どこまでわかってるんだろう。

(かあさんは、きっと何もかも知ってるんだろう。)

 穂乃華は目を瞑り、首を振った。

  *

「…ひなた、おねえちゃん行った?」
「いったよ、母さん」

 とても不思議な感じだった。
 母さんは、確かにここに居る。

「ふむ。それでは、話を続けるね。…もう、クラスのみんなには会ったのかな? 気になる人、いた? まあ、中学校のビデオでも言ったけど、先ずはともだちが大事よ。一つの学校で一人でいい。でも絶対一人はいるから、探し続けて」

 しろは、画面の向こう側からウィンクしてくる。

「だいじょうぶだよ。その子とはもう、ともだちになったから」

 日向は微笑み返した。

「でもね恋愛も大事なのは間違いないの。なにしろお母さんの時代でさえ、せ」

 突然、しろの鼻息が荒くなる。

「せせセッ、…性のじゃくねんかは、問題視されてたんだから。と、とうぜん日向の時代になれば…あッ」

 変な声をあげて天井を仰ぐ。
 だが二、三度なにかラマーズ的な呼吸を繰り返すと、また正面を向いた。

「可能性としては、とうぜん、はじめての、はは、はじめての…ううッ!」

 完全に顔に血が上っていた。しろは再び顔を上へと逸らす。

「おかあさん?」

 日向は、相手が画面の向こうの存在だと知りつつも、慌ててしまう。

「はじめての、え、え…えっ、えっち! ……、ぬふぁーー!」

 しろは、鼻を両手で抑えると、痙攣を始めた。

「あ、あ、あなた、ティッシュ……!」

 ホラー映画の様ないきおいで、しろの頬を紅い液体が流れ落ちて行く。
 そこで映像が一旦停止すると、青い画面に転じ『暫くお待ちください』の文字が白抜きで現れた。

 二十秒ほど経過した。

 青い画面が切れ、ふたたび居間のソファに座ったしろが映し出される。
 その鼻にはティッシュが詰められ、口の周りには血の跡があった。

 だが笑顔。

「…つまりね、す、好きになるのはしかたないことなんだけどね。とりわけわたしたちは気遣いというものが必要であって、その…、こ、行為に及ぶんでも…!」

 再び決壊しかける朱い滝。

「だ、大丈夫か、しろ?」

 父の声が入り、タオルが画面の端に見え隠れするが、ソファに前かがみになってしろは口もとを抑えつつ、手のひらで夫を制し、首を振った。

「拳キチさん、だめ! …わたし、立てるわ! ははおやとして…国立を妊娠中退したあげく、独り農村の片隅で姉弟を育てる、なんて言う目に遭わせるわけにはいかないのよ…!」
「まず国立が難しいとおもうけどなあ」
「だから!」

 しろは鼻血をまき散らしながらかっ、と口を開いた。

「コン●ーム!」
「ピ◆ッ!」
「アフター▲ル…!」

 まるでの何か霊験あらたかな呪文のように叫ぶ。

「中絶の時期と母胎に及ぼす後遺症! これだけは、これだけは…どんなに夢中になった相手でも…!」

 口角血泡をなしてそれだけ言うと、しろはソファから前のめりに崩れ落ちた。
 額がテーブルにぶつかって鈍い音を立てる。
 クラゲの様に拡がった髪の下で、血の池が広がり始めていた。
 本人は時折、撲殺された死体の様に痙攣する。

「ごぼっ。あ…あなた…タウォル…! それからあなた!」
「わ、わかった!」

 血まみれの手がカメラに向かって伸ばされる。映像が傾く。ノイズが入って歪む。

「…!」

 日向が両手を口に近づけながら腰を浮かせたとき、再び『しばらくお待ちください』が現れた。

「これでほんとに二児の母親なのかね」

 そこへ穂乃華が現れ、両手に持っていたマグカップをテーブルに置いた。

「あ、ありが」

「――ん…あふ…ぴちゃ…、…んん…」

 なぜか恍惚としたしろの声が入り、日向はかたまった。

「…大丈夫。あたしの時とまったく同じパターンだから」

 カップに口付けながら、姉が冷静に言った。

「そ、そうなの…?」
「あたしのときは、目の前だったからブラウスが一枚だめになったけどね。…母さんが説明しきれなかった部分があれば、わたしが明日やるから――学校あるから二階(うえ)行くわ。おやすみ」
「…おやすみー」 

 日向は少し赤面しながら、引き続き艶っぽい声だけが響いてくる青い画面を見つめていた。
 何も起きないので、穂乃華が用意してくれたマグカップに手を伸ばし、ふうふうと息を掛け、口を付けると――

「なおったー!」

 突然美しい歯並びと共にどアップの口腔が映され、盛大に吐き出す事となった。
 しろは一瞬で身を引いて元のポジションに戻る。