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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(4/5)

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☽ (十三)


 

 曇り空の切れ間が、赤く染まる夕暮れ。

「あ、お姉ちゃん、おかえりー」

 荷物満載の自転車が丘の上の家に着くと、玄関が開いて妹が飛び出して来た。
 ブレーキと、スタンドを下げる音を聞きつけたのか、走って近づいてくる様子は子犬の様である。

「手伝いの儀くるしうない。今日は大漁であるぞよ」
「ははーっ、ありがたきしあわせにぞんじまする」

 膨れ上がっている三つのバッグの蓋を、日向は慣れた手つきで外していく。
 後輪のサイドバッグからスーパーの袋を取り出しながら、嬉しそうにため息を吐いた。

「すごいね、二回くらい往復しなくちゃ――コーヒーあるよ」

 言って、また家の中へ飛び込んで行く。

「…you make my day」

 呟く穂乃華の頭上から、黒い翼が二対、舞い降りてきた。
 一羽はサドルに留まり、一羽はハンドルに停まって、早速口を開く。

「面と向かって云って差し上げればいいのに」
「自己満足に、ひとを巻き込むつもりはないよ」
「それが相手の幸せになることもあると思いますがねえ」
「うるさい、イワシ喰ってろ。入学祝だ」

 穂乃華はバッグに手を突っ込むと、魚屋のオマケをポリ袋から取り出し、投げた。

「あらま」
「こりゃどうも」

 二羽は舞い上がると、それぞれ器用に嘴で掴まえた。

  *

 夕食後、姉妹には一つのイベントが待っていた。

「お父さんからDVD、届いたの?」

 穂乃華が居間のテーブルに置いた小包を、ソファでくつろいでいた日向が見つけたのである。

「ああ、そうそう。二日遅れだけど、まあ英国からだからしょうがないな」

 穂乃華も水仕事あとの手を拭きながら、台所から出てきた。

「なんで初めから家においといてくれないのかな」

 日向は茶色い包みを開きながらぼやく。

「母さんとの約束なんだと。だいたい、家においといたらお前、一日で全部見ちゃうだろ」
「みないよ。それに、だったらお姉が管理してくれればいいんじゃん」
 日向は、テーブルの上の鍋敷型ポータブルデッキにDVDを入れ、出力先のリンクを居間のテレビに設定する。
「それはだめ」

 穂乃華はシャツの袖ボタンを留めつつ尻を日向の肩にぶつける。

「なんで?」

 日向はソファの上で腰をずらしつつ、再生ボタンに指だけを乗せて、割り込んで来た姉を振り返った。
 腰かけた穂乃華は、肩をすくめた。

「わたしが全部見ちゃうもの」

 日向は、はじけるように笑った。

「よーし、じゃあ」
 日向は再生ボタンを押した。

  *

 真っ黒であったお茶の間用ディスプレイが、次の瞬間緞帳(どんちょう)に変わる。
 赤茶の布の裾からは板敷の舞台がみえ、緞帳は薄暗がりの中、青白い輪郭をもって波打っている。風が吹いているようだ。
 ホゥ、ホゥ――フクロウだか、ミミズクだかの声がする。つまりこれは、夜の野外劇場の様である。

「……」

 一瞬、再生するDVDを間違えたかのような感覚に陥った姉妹だったが、次の瞬間、それは吹っ飛んだ。

 ぱか、という音と共に舞台を照らす白い丸。
 それと共に、一気に流れだすサスペンスな管楽器。
 スポットライトが八の字を描き出すと共に、音楽はサスペンスから一転して乙女ちっくかつドラマチックな展開となった。

 野外とすれば、かなりの爆音である。

「――」

 日向は目を丸くして見入り、

「なにこれ、きらら塚(ヅカ)の録画…?」

 穂乃華が呟いたとき、

「なにこれ、きららヅカの録画ぁー? チョベリバーッ、とか云ってるほのかちゃんは! ――月に代わって、折檻だーッ!」

 緞帳の上から、やけにキラキラした制服と際どいほど短いスカートの女性が文字通り舞い降りて来た。
 女性の髪は白く、長く、光を浴びた雪の様に輝いている。
 目の周りには、仮面舞踏会に使われるような紫の蝶をつけていた。

 ゆっくりと舞台に降り立つと、右手を腰に回し、

「あれ」

 止まり、それから両手でがちゃがちゃとベルトに着いたカラビナからワイヤーらしきものを外した。

「ふ」

 それから正面を向き、改めて不敵な笑みを浮かべると、白いゴム手袋の両手で、手刀を作る。

「超美少女魔法戦士、ブレザー☆ニーソ! ただいま参上!」

「あは!」

 日向が笑い出す隣で、穂乃華は額に手を当てた。

(かあさん…これじゃ、惨状だよ…。)

 どこかの野外舞台で、ホームビデオに対して奇天烈な行動を取っているドヤ顔女性――姉妹の母親・月待しろだった。

「よし。では助手のドクターコメット・ブラウン博士! 現在時刻と地点を言いたまえ!」

 しろがカメラに向かって指をさすと、画面の横から、如何にもサラリーマン然としたワイシャツ眼鏡、くせ毛の中年男性が現れた。
 父である。
 父はレポーター風のクッションヘッドマイクを右手に、メモ帳を左手に持ち、

「ええと…、みなさんごきげんよう。現在は西暦二〇十五年三月十四日、時刻は深夜二時。場所は桜垣野外市民劇場、どんぐり広場だ」

「迷惑条例違反の証拠物かッ! なにやってんのよ、二人とも!」
「あはははは!」

 穂乃華がさらにうろたえる脇で、日向は腹を抱えて笑い転げた。

 画面の中で事態は進行して行く。

「はい、ドクター退いて! すぐ退く! アップ、カメラどアップね!」

 父親が退くと、やがて画面が超美少女戦士に迫り、蝶々仮面が「どアップ」になった。
 そこから覗く睫も瞳も、やはり雪の色である。

「これかい? これが何か知りたいのかい? ふふふ、それはね――ちょっと、あなた音源下げて!」
「あ、はい」
「…これは、母さんたちの子どものころにちょー☆流行ったアニメ、超美少女魔法戦士、ブレザー☆ニーソのコスプレなのさ!」

「なにそれダサい…」

 穂乃華が画面に向かい呟くと、暫く間があって、しろは怒り出した。

「ほのちゃんダサい言うなっ! ダサいとか言うなら他の部屋で宿題でもやってなさい!」

 肩を怒らせて、カメラを指さしてくる。

「あははは! かあさんすごい!」

 日向は腹を抱えたまま、足をばたつかせた。

「かあさん、天才だからな…」

 穂乃華は両手をだらりとさげて、ソファの背もたれに、思い切り身を預けた。

 しろは指さしていた手をひっこめると、じと眼で答える。

「うー、まだ何か云ってる気がするけど…これはひなたちゃんへのお手紙だから、これ以上相手にしないことにしよう…さて、ひなたちゃん」

「!」

 それまで笑い転げていた日向は握りしめた手を膝に置くと、背筋をただした。

「高校入学、おめでとう! かあさんは、すっごく嬉しいです!」

 あたたかい海のような笑顔。

「がんばりやさんのひなちゃんのことだから、きっと自分がやりたいことを目指すために、すこしでも頑張れる高校に、入ったんだと思います。ひなたちゃんの今の夢がなんでも、夢を探すのが夢でも、わたしはあなたを、全力で応援します…では、まずはエールを!」

 画面の脇から、ポンポンが二つ、美少女戦士に投げてよこされる。
 日向は、エールが始まる前にもう号泣していた。