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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(3/5)

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日向の夢



 吉田の授業が終わっても、四人は一緒に行動していた。

「ウチの担任、意外とまともな授業するじゃん!」
「面白かったね」

 晶と法子が頷き合う。
 蜜柑も会話に参加した。

「まともっていうか、すごいよ」
「たしかにシュウせんせ、教科書まる暗記してそうだったよな」
「何も見ずに、すらすら原文が出て来るんだもんね」

 「シュウ先生」とは、授業を受けに来ていた上級生が例外なく呼んでいた名である。

「かぐや姫って、小さな頃に絵本で読んでそれっきりだったけど、原文ももう一回読んでみようかなあ…」
「美津穂最古の小説が、SFだっていうのも面白いよね」
「あたしも宇宙人侵略説に一票だな」
「ええ? わたしは渡来人貴族の亡命説のほ…」

 蜜柑が言いかけた時、それまで黙っていた日向が遮った。

「ノムは映画の見すぎ。同盟国が作った軍需産業擁護番組のね」

 あきらかに変なタイミングの突っ込みだった。蜜柑の言ったことが、耳に入っていなかったかのような。

「…どうしたの? ぽかんとして」

 日向は、何でもない様な顔をしている。

「――、いや。ひなが四字熟語を話した、と思って」
「どういうことだこら」
「八字だよ、あっちゃん」

 晶が脊椎反射で空気を直し、法子も自然に従う。

(ひなちゃんらしくない台詞…)

 蜜柑は違和感を少し引きずっていたが、すぐにそれどころではなくなった。

「それよりもさ…あたし、さっき授業中に思ったんだけど、みかんちゃんって、もしかして小説とか書いてる?」
「え」

 蜜柑はその場で固まり、そして、ごまかすタイミングを完全に失った。

「ま、まじかみかん!」
「すごい! プロ目指してるの?」
「いや…ええと…その…ひなちゃんっ」
「あ、ごめん! きいちゃだめだった?」
「だめ~!」

 蜜柑の額から、一気に冷や汗が吹き出した。
(絶対バカにされる!)
 だが予想に反して、リアクションは好意的なものだった。

「何言ってんだ、夢だぜ、いいに決まってるだろ!」
「それで! みかんちゃん、三年生と議論できてたよね」

「な、なんでわかったの?」
「うん、むかしお母さん…の知り合いに同人やってたひとがいて…」

「てれるなって、みかーん!」

 その後四人の話題は、将来の夢などの方向に移って行った。

 晶は、とりあえず今楽しければそれでいいと言った。
 法子は、何か人を治すことのできる職業に就きたいと言った。

「ひなちゃんは、何か夢ってある?」
 蜜柑は期待して問いかけた。

「わたし? わたしは、普通に生活して、普通に幸せになりたいかな」
「…ふうん」

 期待は外れた。
 晶も同感のようだった。

「答え意外じゃない? ひなちゃんはもっと大きな夢だと思ったぜ」
「……大きいよ…」

 言った時の日向は俯いていて、表情は見えなかった。

「え?」
「普通の幸せが一番得難いっていうじゃん、ノム」
「ああ~、うーん、深いね!」

 晶は腕を組んで頷いた。その腕を、法子がつつく。

「あ、図書館についたね」
 四人は次の目的地に居た。

 図書館フロアは内側の壁もガラス張りになっていて、中が透けて見える。
 入り口は大きな自動ドアとなっており、向こうには駅の改札の様な自動開閉式のゲートが設置されている。

 四人は自動ドアを潜り、さらにゲートに新品の学生証を当てて、図書館の受付へと向かった。

「新入生の方ですね。ちょうど今からガイダンスが始まるところなので、このまま受付のそばに居てください」

 言われたとおり暫く待っていると、カウンターの正面の広いスペースに他の新入生が二十人ばかり集まって来、ガイダンスが始まった。

 図書館では紙とデータベースの両方で貸し出しをしていること、だがデータベースで借りる時も、紙媒体の裏表紙につけられたタグの二次元バーコード情報が必要であること。データベースの本は出版社が電子出版を本格的に始めてからのものが主なので、それ以前に出版されたものは全て紙であるということ、図書館の蔵書の特徴と一例…

 最後に、新入生は手続きの学習もかね、紙でもデータでも、めいめい三冊借りるようにとの指示があった。

「宿題ふえてんじゃーん。だーまーしーうーちーだー」
「あっちゃん、しーッ」
「じゃあ、わたしたちはこっち側行くね」
「授業終了時に出口集合!」

 四人は、お互いに手を振り合い、それぞれ興味のある本棚へと散って行く。

  *

 蜜柑にとって図書館は、学校で一番安らげる場所だった。

 小さいころ行き場が無くて、よく背の高い本棚の間に一人で座り込んでいた。膝を抱えて、孤独で叫びたくなった時、どこからか風が吹いて来たように感じた。

 その時見た。
 工夫の凝らされた古びたいくつもの背表紙の内側から、光が漏れ出ていること。どれ一つとして同じ色はなく、その全てが美しく。

 気持ち悪い言い方だと思うが、しかしほんとうに、本は友だちだった。

(でも、今わたしは。)

 本当に友だちと思える一人の子と、そしてこれから友だちになれるかもしれない二人の子と一緒に、この場所にいる。

 蜜柑は手早く自分の本を借りてしまう事にした。
 すでに昨日の時点で、何を借りるかは決めていた。(入学案内に同封されていたIDを使って在校生専用サイトに入った瞬間、まずやったのはこの図書館の在庫検索である。)

 本棟上層部の図書館は、当然ドーナツ状である。
 本棚も、受付と階段を途切れ目にして、二重、三重の円を描いている。

 蜜柑は、なんとなく八卦図を思い出した。黒い線が殆どつながるほど沢山書いてある八卦図。

 NDC番号も覚えて来ていた蜜柑は、位置検索することもなくさっさと本を見つけ借り出しをすませると、本の壁が多層構造にしている円廊の中で、友人を探し始めた。
 そうして、

(やっぱり。)

 はじめに見つかったのは、日向だった。
 日向は二十メートル程先で、紙の本を熱心に覗き込んでいる。

「ひなちゃ――」
 この時蜜柑は、らしからぬことを思いついた。
 通り道を一本変えて、日向の背後にある本棚のほうから回り込み、そして、足音を鳴らさぬようにして、彼女の開いているページが見えるか見えないかのところで

「わっ」
「わーッ!」

 その元気な声は、フロア中に響き渡った。

 日向は叫びながらも、本を背中で隠す様にしながら素早く本棚に戻し、首だけ蜜柑を振り向いた。

「…ちょっとー…みかんちゃん…やめようよ」
「ご、ごめん。そんなに驚くって思わなくて」

 蜜柑は周囲から、少数の痛い視線を感じて肩をすくめた。そして、二人は声をひそめて会話を再開する。

「何読んでたの?」
「…え。や、とくになにも?」

 不自然に身体を動かし、蜜柑の視線から本棚を遮ろうとする。

「ふうん…」
 どうも、この友人はごまかしやうその類が下手らしい。

「みかんちゃん、もう借りたい本きめた?」
「あ、うん。もう借りたよ」
「もう借り…?」