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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(3/5)

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 日向が隣から小声で話しかける。目の輝きが小動物を思わせた。

「ううん、もうあきらめた」
「でも、このへんは?」
「大体のあらすじだけメモったの。議論の土台になるから」

 ”・竹の中で生まれ、帳の中から出さずに大切に育てられた。”
 ”・部屋の中が光で満ちる程の美しさ故に『輝く』意味の『かぐ』が使われた。”
 ”・異称で「赫奕姫」というものがある。”
 ”・言い寄る貴族の男たちに宝探しの難題を与えてこれを退けた。”
 ”→ex.仏の鉢。蓬莱の玉の枝。燕の子安貝。龍の首の珠。(いずれも不死不滅の象徴?)”
 ”・かぐや姫は月の人で、罪を犯して地球に送り込まれたが、やがて帰る事に。”
 ”・月の人は不老不死だが、感情が無い。→羽衣を着ると、感情が無くなる。”
 ”・月の人には天皇の軍隊も手も足も出ず、姫は羽衣を着て月に戻って行く。”
 ”・姫のもたらす運気のお陰で栄えていた翁の家は没落し、家人は死に絶えた。”

 本当は、もっと言葉と言葉が有機的に枝を繋げて発想が芽吹いて行ったのである。付属情報も多い。

 中でも、大陸皇族の亡命者説は面白かった。
 類話は『袖中抄(しゅうちゅうしょう)』版天の羽衣伝説にある様に、唐人が唐衣を脱いでしまえば美濃人と変わらなくなって身元が分からなくなるから、身の証である衣を取り返すまで母国に帰れなくなる、という想像は、もしかしたらと思わせる。
 
 一方本当に宇宙人の来襲であり、かぐや姫はグレイ的な何かだったんだ、ストーンヘンジだ、ナスカだ、ピラミッドだという電波系な意見も、男子を中心に根強く検討されていた。

「ふむ。帝がかぐや姫に触れようとすると、姫が影に変わり、姫は人間ではなかったのか、と驚くシーンがあるな」
「でしょ! 光学迷彩ですよ!」
「たしかに、飛車(とぶくるま)って存在や、月の都という発想がある以上、今の時代のジャンル分けするとしたらSFの範疇には含まれるわね…でも、その後天皇が元の形に戻りなさいっていってるけど…これはなんなのかな」

 打鍵しながらぶつぶつ言いだす蜜柑を、日向はしげしげと眺めていた。

「ねえ、蜜柑ちゃんって、もしかして…」

 遂に収拾が取れなくなって各個議論を始めだした生徒たちに対して、吉田はいつかのように大きく手を鳴らして注目を集めた。

「さて、思った以上にブレストで時間を喰ってしまったが――要は古典だといってもただの昔話じゃなく、それぞれの表現には作者の意図が込められている。それは、想像力を鍵にして読み解くものだ。現代の小説と同じようにな…じゃあ、国語の授業らしいこともしてみるか。月待」
「! はい…」

 日向はまた一瞬、警戒するような顔をした。

「学級委員というのはこういう時楽だな。今タブレットでハイライトされた部分を、声に出して読んでくれ」
「声にだして読むんですか」

 日向はおうむ返しに返す。

 そりゃそうよね、と蜜柑は思った。
 英語でもあるまいし、声に出すなどというアナログな教育法は、これも小学校以来だ。

「そうだ。第九章『天の羽衣』。月を寂しそうに眺めるかぐや姫に、翁が理由を尋ねて、かぐや姫の秘密が明かされるというクライマックスの序章だな」

 日向は数秒戸惑っていたが、やがて顔をやや伏せながらも読み始めた。

「ええと…己(おの)が身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。それをなむ、昔の契りありけるに由りてなむ、この世界には詣(もう)で来たりける。今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かの故(もと)の国より、迎えに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しき事を、この春より、思ひ嘆き侍るなり」

 日向が静かに声を出すとき、まるで鈴の音が響く様な美声だということを、この時友人たちは知った。

「じゃあ次は、大甘。翁の台詞」
「は、はい…」

「――こは、なんでうことのたまうぞ。竹のなかより見つけ、きこえたりしかど、菜種の大きさおわせしを、わが丈(たけ)立ち並ぶまで養ひたたてまつりたるわが子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さんや」

 読んでいる内に、知らず、情感が入っていた。
 種の違う父娘を繋ぐ、痛いほどの絆。
 その瞬間、歳を取るまで我が子を授かれなかった哀しみを、最高の形で救われた翁の気持ちが、つきささるようだった。

「――」

 蜜柑がタブレットから顔を上げると、周囲の生徒も同じことを感じていたのが分かった。
 吉田が頷く。

「想像力があれば、千年の距離が縮まる。今は昔に、昔は今につながっている。古文は辞書を引かねばわからない、殆ど別の国の言葉だと苦手な人もいるだろうが、それは違う」