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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(3/5)

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 蜜柑は、内側が見えるように、肩掛け鞄の紐を引っ張って見せた。そこには、五、六冊の単行本が入れられている。深緑や褪せたえんじ色の、そっけのない背表紙。

「辞書…?」

 蜜柑は思わず噴き出した。
「ちがうよ。戦前の作家の全集。こういうのって、出回ってないから」

「…へ、へえ。昔の本が好きなんだ?」
「今のも読むよ。そっちはタブレットで借りたから」
 ちなみに限度一杯、というのは黙っておいた。

「…なんでそんなに手配速いの」
 日向は、だんだんと恨めしそうな顔になって行く。
「昨日、生徒用ページで確認したから?」

 日向は今や完全に俯いて、顔を暗くしている。
「生徒用ページ…わたし、ガイダンス聞いて初めてそんざい知ったのに…」
「ひなちゃん、どうし」

 言いかけた瞬間、がしりと両肩に手を乗せられた。

「あのねみかんちゃん。みかんちゃんが本が好きなことはよおっく分かったよ」
「は、はい」
「でもね…、でも青春っていうのは、初めてのことをみんなが初めてだから価値があるんだよ。好きなことだからって、自分だけ前に進んじゃうのはちょっと、どうかなあ?」
「えー、うん?」

 日向が顔を上げた。その眼は潤み、下唇を噛んでいる。明らかに、泣きだす三秒前だった。

「だめ、だめだよ! はじめての図書館、みんな一緒にカウンターで本を
かりるんだよ! みかんちゃんこれ以上うごいちゃだめ、ここで待ってて!」

 一方的に言うと、肩から手を外して、一旦ダッシュで立ち去りかけ、止まって振り返った。

「追い付くから!」

 今度は指をさしてくる。そして、ショートの髪を翼の様に翻して走り去って行った。

「……へんな子だなあ」

 青春。
 そっか。学校に通うという日々には、そういう呼び方もあったのだ。

「そして我々は、その青春のまっただ中にいるのでありました」
 蜜柑はモノローグ調で言うと、整理番号が明らかにずれている一冊に手を伸ばした。

『現代文対訳:竹取物語』。

「たぶんこれの…85ページ…ビンゴ」
 蜜柑は、一瞬見たその富士山の挿絵と、段組みを覚えていた。

(ラストのシーンね…)

 なるほど。吉田先生が資料としてリンクをくれたのは純粋に古文だけだったから、内容と結末が知りたくなってこれを読んだ、と。

「すなおじゃないの。興味あるんじゃん」

 蜜柑は、自分もその章に目を通した。

 帝が臣下に訊く。
「どの山が最も天に近いか」
 臣下は富士山であると答える。
 帝は、「かぐや姫と会えないなら、不死になっても仕方がない」という歌を詠んで、臣下に不死の薬を持たせると「これを富士山の頂上で燃やしてくるように」と命令する。
 そして富士山の煙は今も、天に向かって登り続けるのであった。

「…恋は身を焦がすゆえに煙に例えられる。富士の煙とは、不死の、つまり永遠の恋の象徴である。また、このように冒頭で、昔の話だが、といっておいて、結末で現在の状況と結びつけるのは、昔の物語における定形で…」
 そこまで解説を読んで、蜜柑はふと思い当った。

「もう富士山の煙、出てない…」

 なんともあじけない結末になってしまった。