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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(3/5)

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今は昔


 
「あんがい誰もきてなかったりして」
「それな」
 階段から四階の廊下にあがるところで日向が言うと、晶が意地悪く笑った。

「吉田先生の担当科目は国語…か」
「古文、現代文両方担当できるみたいだね」
 真面目な方の二人が、タブレットを眺めながら、後ろをついてくる。

「きっと、偏屈な作家志望者とかだぜ」

(…作家志望者だからって、偏屈ってきめないでよ。)
 蜜柑は心の中で呟く。

「あのひとが偏屈なのは、志望と関係ないと思うなー」
 日向が軽く返すと、
「うん。もとからああいう性格なんだよ。青春時代にこころの傷を負った。絶対そう」

 蜜柑は拳を握って同意した。

「蜜柑ちゃん、なんでそんなに必死なの…」
 法子が首を傾げた。

  *

 四人がクラスに入った時は、まだ前の講義が終わっていなかった。

 クラスの人入りは、六割、二十人足らずというところだったが、その八割以上は上級生だった。
 意外な事に、皆真剣に聞き入っている。だが吉田は、いつもよりも愛想がいいということもない。
 四人はクラスの壁側を通って窓の近くまで行き、授業が終わるのを待つ。
 晶が首を傾げ、小声で話しかけた。

「なあ、なんか黒板でっかくなってない?」
「うん、良く見ると、上と横に切れ目があるね…たぶんもともとの黒板が下へ下がったんだ」
「ひなちゃん、良く見えるね」
「それでコの字型のパーツが天井から降りて来たんだね」
 法子が指摘した通り、黒板部分の天井には長細い穴が空いていた。

 小学校から戻って来た黒板は、パワーアップしていたのだ。

「どんな校舎だよ、ほんと」
 この調子だと秘密の小部屋とかがあるな、と晶がうそぶく。

「一年、しずかにして」
 後方に居た先輩の一人が注意してきた。
 四人は小さく頭を下げ、縮こまった。 

 ディベートを主にした授業のようで、生徒らの発言は途切れることが無かった。
 吉田のファシリテーションは的確・迅速であり、さらに要約を板書しながら生徒に新しい問いかけを発するという離れ業まで持っていた。
 三十分の短縮授業が終わった時には、すぐに二、三人の上級生が質問に走って行く。

「…もしかして、ウチの担任人気ある?」
「コアなファンはいるみたいだね」

 やがて上級生も離れて、生徒入れ替わりとなる。
 晶に引き連れられて、四人は最前列の席に着いた。

「センセ。見に来てあげました」
 晶は、怖いと言った割には積極的である。
「頼んだ覚えはないが」

 吉田は教卓の引出の鍵を開けると、掃除用ロボットを取り出し、起動セッティングをする。
 ブラシの代わりに黒板消しを取り付けられた円盤型ロボットは、いかなる仕組みか、静かに黒板に張り付いた。そして、拡張した黒板スペースの中心から右へ向かって文字を消していく。
 吉田もまた、黒板消しを掴んで教卓近くのスペースを消し始めた。

「先生、なんで授業にタブレットを使わないんですか?」
 その背中に法子が訊いた。

「使う時もある。レファリングにな。だが、知の共同創造の為には、これのほうがより優れたプラットフォームだからな」

 吉田は、振り返らずに手を動かしながら答える。 

「この黒い壁には、だれが何を書いてもいい。ルールは二つだけで、自分の手でかくこと、そして時が来たらゼロに戻す事だ。するとその情報は、すべてなにかしらオリジナルで、その時その場所にしかないものになる。寝る奴も減る」

 吉田は黒板消しを置いて、振り返る。

「始終座って、複製可能な画面やアニメーションをみてるだけで知力が上がるなら、学校は必要ない」
「だが、この世に学校という非効率的な機関があるということは、今の人類進化の程度ではそれが必要だということだ」
「だから学校は、学校にしかないリソースを使って人を育てる。そのリソースとは、今そこにいる教師と生徒の、頭脳と肉体だ。そしてその最も端的な表現は、教師が考えていることや問い、その答えを、生徒が書く」

 言葉を切った瞬間、吉田は、はっきりと蜜柑を見た。

「それも、同じ生徒という集団が見ている前で――動物の一種である俺たちには、そうすることによってしか得られない何かがあるんだろうと、俺は考えている」

 蜜柑はその瞳を見ている内に、吉田から感じていた威圧や自分の中のわだかまりが消えていくのが分かった。

「…さて、もういいだろう、はじめるぞ…他の人も席に着いてくれ」

 吉田は教室全体を見渡すと、完全に黒い白紙となったその壁に、あたらしく『竹取物語』の四文字を書いた。

「え――?」

 声を上げたのは、それまで黙っていた日向だった。 
「月待」
 吉田が声を掛けた瞬間、日向は明らかに動揺した。
「どうかしたか」

「いえ――なんでもありません」
 日向は、俯き目を逸らした。
 蜜柑はまた友人の横顔を盗み見る。
 日向の表情は読み取れなかった。

「……」

「そうか。では始める。まず、この物語について知っている事、思いついた事を自由に言ってくれ。タブレットに配布したデータは適宜参照していい」

  *

 上級生をはじめ皆、自由に発言して良いとなると、無茶苦茶な事を云う。
 その無茶苦茶な発言でも、吉田がアシストを入れると、案外的を得ているかもしれない、となるのが不思議だった。
 色とりどりのチョークを用いた文章、記号、矢印から簡単な図案までも、吉田は鮮やかに描いてみせる。名人芸をみせられているようだった。

 そうして、黒板中心部にはじめに書かれた『竹取物語』から、次々と枝が伸び、関連づけられ、そこから又派生し、言葉の木が育って行った。 

「うーん…」
 蜜柑は、自分のタブレットを見ながら首をひねった。
 
 ”「かぐや姫」生まれたのは竹の中?”
 ”→鶯の卵という異説あり。→プレデリアンの卵だ→天津神(天人・神人)伝説ということでは同じ。”
 ”→竹の元が光っている。→ヤサイ人のポッドだ→同右”
 ”→竹林は貴族文化のイメージがある→マダケや孟宗竹自体が中国の原産→古代中国・遣唐使がもたらした仏教→【1】ローマにおけるキリスト教=文明の船となった宗教 仏教→【2】無明の明→月・真理”
 ”→竹細工の壮年が捨て子を拾った。捨て子だという事を周囲・本人に隠すために作り話をする→竹から金…子供を養う責任が発生した中年オヤジの竹細工の才能が開花し、良く売れた→そんないい話じゃない。捨て子の身元が不倫貴族だったので強請ったら金が貰えた→この話はここで終わり。”

 最初の方は、何とか黒板を再現するべく矢印などを用いているが、段々と議論に参加する方が忙しくなってくる。
 タブレットを指で触るのでは、どうしても鉛筆で紙に書くようには、こまかく速く黒板の内容を写す事が出来ない。
 結果、キーボードパネルを打鍵して、文章化した要約で記録を取る事になる。
(先生イラストまで書くから、再現なんてしきれないよ…)
 写真を撮る事ができればと思うが、青少年情報保護条例の絡みで、学校での一切の写真、動画撮影は原則禁止されている。

「蜜柑ちゃん、すごくちゃんとノート取るんだね」