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熾(おき)
熾(おき)
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月のあなた 上(3/5)

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逆鱗


 
 午後の時限は全て『アッセンブリー』として設定されていた。

 即ち部活動という事であるが、授業時間であるものを削っているために、午後いっぱいのエネルギーをつぎ込むことができる。そのため、普段の部活動とはおのずから熱気が違ってくる。

 この日は、新入生勧誘のための様々な催しが行われ、学園中が掛け声と歓声に溢れて、さながら身内だけの学園祭となった。
 四人は理研棟から出ると、音楽が流れ、お菓子の焼ける香りまでが拡がる中庭を抜ける所で、一旦別れる事にした。

 その後も日向と蜜柑は一緒に行動し、様々に見て回った。
 本棟七階・図書館最上階の脇にある大小の空き教室。大きなほうの前には〈新聞部〉の立て看板があり、人も行き交っている。蜜柑は、小さな方の〈文芸サークル〉と張り紙された引き戸の前で暫く佇んでいたが、しびれをきらした日向がノックしてしまった。
 日向は、新聞部内部に併設された〈写真部〉の勧誘に一瞬折れそうになったが、隣でやりとりを聞いていた蜜柑があとで美術部のチラシを差し出すと、顔を輝かせて頷いた。

〈美術部〉は、学園小劇場の二階・美術室に居を構え、日向が入部を表明するや、入部祝いという名の卒業生の遺留品在庫を山と渡してよこした。

「ひなちゃん、持つよ?」
「な、なんとか…――あ!」

 大量の在庫を抱えて、足元が見えなくなっていた日向は、劇場の入り口で躓いた。イーゼルが倒れ、パレットが落ち、大小の筆や刷毛とともに、新品と中古のチューブが一気に地面に散らばる。

「だ、だいじょうぶ?」
「――」

 尻餅を着いた日向はその惨状に一瞬泣きそうになったが、目の前で蜜柑が地面に膝を着くのを見て、すぐに自分も拾い始める。

「ごめんね…」
「ん?」
「あ、おいひな! みかん!」

 そこへ晶の大声が降ってくる。陸上部のユニフォームである短パン姿にジャージを羽織っている。四人で一番背の高い晶の、美脚が際立つ格好だった。

「わ、何やってんだよ」
「ほ、ほっといて」
「ばか、手伝ってやる。それよりも行こうぜ!」

 言うが早いかその脚線美をぱっと曲げ、散らばった絵の具を拾い集める。
「ノム」
 日向が感動の眼差しで晶を見たが、晶は地面を見つめて作業をしたまま、話を進めた。

「武道館でさ、男子の方の委員長がすげえんだって!」
「水凪くんが?」

「――げ」

  *

 武道館の二階には、グリーンの発泡体が床一面に敷かれていた。

 その中心に、剣道袴を着た祇居と、柔道着を着た丸刈りの巨漢が向かい合っている。
 日向たちは、それを囲む人垣をかき分けて、最前列で場所取りをしていた法子に合流した。

「何? けんか?」
「ケンカっていうより…果し合い?」
「なんでそんな…」

 日向と蜜柑は、明らかに体格差のある両者を見比べて祇居を心配していたが、晶と法子はむしろ興奮しているようだった。
 今、巨漢の方は柔軟体操を念入りにしており、祇居は蹲踞の姿勢で目を瞑っていた。

「あたしも体育会のうわさで聞いたことあったんだけどさ…水凪って、中学校時代ちょっとした伝説だったんだ」
「伝説?」
「最強伝説」

 晶の説明によれば、大狛犬一中の「水凪祇居」と言えば、武道系で知らないものはいないほどの有名人だという。
 中学自体は生徒数が百に満たない規模ということもあり、クラブ数自体すくなく、どの季節のどの種目の大会でも、地区予選で消えるのが普通だった。

「その中で唯一、中一から剣道、柔道、空手すべてでレギュラーでありつづけ、かつ一度も負けたことが無い選手がいた」

 水凪祇居は必ず団体戦に出る。そして必ず勝つ。だが大狛犬一中は負ける。三年間、それが繰り返されたという。
 個人戦や練習試合に出ないことや、スカウトに応じないことは長年の謎とされ、栄誉心にかられた各校の監督たちは、歯がゆさに苦しんできた。

「でもあいつが、まあわたしらもだけど――中三の夏、ある事件が起こった」

 ある県選抜の選手がどうしても祇居と闘いたいがために、他の部員に手を出し、怪我をさせたのだ。

「相手選手の家の前で待ち伏せて、病院送りにしたって」
「うそ…」

 話はこれだけで終わらない。その後、脳筋私立として有名であったその中学の武闘派がこぞって徒党を組み、大狛犬一中のグラウンドに乗り込んだ。この時、一対二十とも五十とも言われている。

「結果は、…スリー(3)・セブン(7)・ファイブ(5)・シックス(6)・フォー(4)」
「さん、なな、ご、ろ――えええ…」
「といわれちゃいるが、噂だから良く分からない。とにかく、水凪とその中学の選手が、夏以降全ての大会に出なかったことだけは事実さ」
「さっきまでも、すごかったんだから」

 ここから、法子の話となる。

「先ず祇居君に剣道で挑戦したのは、高嶺さんだったのね」
「新入生代表の?」
「それがね…どうも、本当の代表は祇居君だったらしいの。高嶺さんは次席で、トップ合格の人に会えるのを楽しみにしてたらしくて、当日祇居君が遅刻するなんて夢にも思わなかったのね」
「あ、それであの噛み噛み…そーとー赤くなってたよね」
「ん。多分、それを根に持ってたんじゃないかなあ」

 剣道でも抜群の腕前を持つ才媛・高嶺良子(たかみね よしこ)は、新入生に対し「まずは一本!」というノリで行われていた体験試合を大人げなく勝ち続け、いつの間にか自分から、
「次、どうぞ!」
 と叫んでいたという。

 このとき面の向こうに、のこのこと涼しい顔で祇居が現れた。
(百年目!)
 と良子が思ったかは定かでないが、気づいたときには、真のトップに対して竹刀の切っ先を突き付けていた。
 祇居は、快く挑戦を受けた。
 試合開始の合図と共に、良子は裂ぱくの気合いを発した。
 と、高く乾いた音と共に面への衝撃があり、相手は既に左後ろに居た。

「まばたきしてると、ほんと見えなかったよ」
「コマ落ちの防犯ビデオなみ」

 何をされたのか理解できない良子が
「三本勝負!」
「いや五本!」
 と再試合を願い出たものの、三連敗(タテ)。
 技量に天地の開きがあると、認めざるをえなかった。
 敗者・高嶺は悄然と歯噛みしつつ退場していく。

「だけどな」

 そこへ、それまで良子にしてやられた剣道部員の仲間らしき柔道部員が、からかいの声を投げかけた。
 すわ良子の竹刀が唸りを上げるかと思われたが、そこで静かながらもはっきりと叱責の言葉を発したのが祇居だった。

  *

「謝ってください」

 血気有り余る者同士、日々互いを投げ飛ばす青春を送っている坊主頭どもが、
「謝らなかったらどうする」
 と、切り返したのは型に嵌りすぎてはいるが、彼らとて先輩としてのプライドがあった。
 自陣(ホーム)とも言える武道館内では、なおさらである。

「頭を、下げさせるまでです」
 祇居が、剣先で地(した)を示す。
「こいよ、できるもんなら」
 丸坊主は、ぐん、と天(うえ)に向けた指をくいくいと差し招く。
 祇居が静かに面を取ると、新たに集まり始めたギャラリーからおっ、きゃっ、と歓声が起きる。