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熾(おき)
熾(おき)
novelistID. 55931
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月のあなた 上(2/5)

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 日向はその枝が連ねる花雲を眺めながら、前へ進んで行った。そして五本近い桜を通り越したと思った所で、「一旦停止ポイント」にさしかかる。

 恐る恐る、桜の下を見ると、
「ゲッ!」
 日向は女子高生にあるまじき声を出した。
(水凪祇居!)
 流麗な顔の輪郭。
 指の先まできめ細かな肌。影を成す睫。
 解けば膝までとどくであろう黒髪の、絶世の美少――なにか。

 そいつが物憂げに木の下に佇む姿は、それだけで現世と隔絶していた。確かに今日はネクタイを締めズボンを履いている。だがどう見ても、美少女が男装しているようにしか見えないので、なにか、非常にもやもやする。
 かつて母親に「この辺はみちゃだめよ」と言われたブラックボックスを上回るなにかが、目の前にあった。
 その絵のような光景の脇を、日向は冷や汗を流しながら何事も無く通り過ぎようとした。
  
「月待さん!」
 が、だめだった。
 絶世の「なにか」は額縁から抜け出して、生き生きとこちらに走ってきている。
 だが日向は顔を伏せ、更に背け、足早に通り過ぎようとする。
「え…月待さん…?」
「………」
 この日学園で、祇居を無視できたのは日向だけだっただろう。
「待って!」
 強く云われてようやく立ち止まった日向は、素早く回れ右をすると、祇居がのけぞるほど顔を突き出して、そのきりりとした眉をつり上げた。
「美少女もどき」
「?!」
 開口一番の暴言に祇居が凍り付いていると、日向はそっぽを向き、再び歩き出す。
「月…」
「ついてこないで。わたし、これ以上遅刻したくないの」

 日向の頭の中に、昨日の顛末がよみがえった。

 競輪選手もかくやと思わせる走りを見せた日向はあの後、鉛の様になった腿と苦闘しながら、大小の傷を負ったテオドール二世を引きずるようにして、校門にたどり着いた。
 焦った余り途中で何度かこけ、そのうち一度はおばあちゃんを轢きかけ、信号無視をお巡りさんに見つかり入学式を言い訳に勘弁してもらい、学校への坂道では立ち漕ぎまでしたものの、余りに疲れていてバランスをくずし、脇の林に突っ込んでから、また何とか道路に戻った。

 からの、魂を振り絞る五百歩あまりの登攀。

 校門に着いたときには髪は乱れ、リボンは撚れ、ブラウスの糊は皺と消え、白い靴下にもおろしたてのブレザーにも草の葉や種がまとわりついていた。
 花の舞う通学路であった。
 だがそこに自分一人、誰もいない。
 皆は先に行ってしまい、やがて思い出となる行事に参加している。
 その思い出に、自分はいない。
(かみさまあ! あんまりだ! わたし、人助けをしようとしただけじゃない。) 

 あんなに頑張って受験勉強もしたし――お姉のしごきに堪えただけだけど――、信号ガチ無視したのだって久しぶりだし――横車線が赤になったら渡るのは無視じゃないよね? ――、野菜もちゃんと食べてるし――トマトは果物だから――、見れないホラーの延滞だってここ一か月してないし!

(これが、夢にまで見た高校の入学式だっていうの?)
 日向は男泣きに泣いた。女の身で。
 それは、小学二年の夏祭りの帰りにころんだ拍子に、アイスを道路にこぼした時に匹敵する悲しみ。
(わたし、こんなにがんばってるのに!) 
 アイム・ザ・プアレストガールインザワールド。

 この状態の女子に、「共感」「同調」「なぐさめ」以外のアプローチで接触するのは御法度である。マッチポンプと言っていい。だが、そのマッチを擦り、風で消えない様に手をかざしながら、笑顔で差し出した馬鹿がいた。
 水凪祇居である。
 祇居はあの後、改めて駅前でバスを待ってもう一度乗り、そしてその車窓から、丁度「からの三百四十三歩目」あたりの日向を見かけた。

「月待さん」
 そして校門脇で凛の手を引き待っていた祇居は、如何にも身綺麗であった。
 何が愉しいのか、満面の笑みを湛えている。
「はは」
 日向は乾いた笑いで応えた。
 そうじゃん。バス乗ればよかったじゃん。駅前に自転車あずけて。
 おしえないでいてくれてありがと。

 そしてそっぽを向いた。

「月待さん、まだ入学式は終わってないよ。一緒に――」
「…こないで。いこ、テオ二世」
 こころの台詞までダダ漏れにして、日向は歩き出す。 
 傷ついている女子に慰めひとつかけられないアホは、その時点で有罪確定なのだ。

 あまりの悔しさに日向が三百八十三回目の寝返りをうった本日未明、その脳内裁判におき全票一致で水凪祇居は有罪。島流し。今後一切話しかけることまかりならんと沙汰が下ったのである。

 無期。執行猶予なし。

  *

 翌日の今、被告はまだ抗弁できるものと思って話しかけて来ている。
 なんてあつかましいやつ。
「――あ、あの…月待さん、どうかしたの?」
 無視。無期。
「つ」
「どうもしてない」
 それでも祇居は、日向の隣を付いて来た。
「じゃあ何かあったんですか? 昨日も直ぐ帰っちゃうし…」
「いつ帰ろうがわたしの自由でしょ? どいて、自転車置く邪魔だから」
 日向はわざと祇居にぶつけそうにして、自転車を動かした。
 祇居は、思わず距離を取る。
「月待さん…やっぱり、凛の事が…?」
 辛そうな顔で呟く。

「りんちゃん? りんちゃんカンケーないよ。……あれから、何もなかったの?」
 ここで初めて、日向は祇居を見た。
「あ、はい! 大丈夫でした!」
 祇居はぱっと顔を明るくした。
「じゃあいいや。バイ」
 だが日向は再び目を逸らし、かごから鞄を取り上げると、さっさと歩いて行ってしまう。
「あ」
 祇居は一瞬手を伸ばしたが、引き戻した。
 どうやらこれ以上話しかけるのは得策でない様だった。

「……」
 だが、あきらめるわけには行かなかった。