レイドリフト・ドラゴンメイド 第1話 戦傷兵の見た青空
すべてを合理的に片付けるための、究極の指令を……。
それが、さらなる混乱を巻き起こすとも知らずに……。
「ドアを開けてくれ。私が出向いて直接話す」
新たな謎に混乱しはじめた兵士たちを、イストリア書記長の声が現実に引き戻した。
彼の顔には、覚悟が滲んでいた。
書記長と師団長、そして8人の護衛が車を降りた。
ふと見れば、一緒に止まった後続の車のうち、15人の魔術学園生徒会が分乗する、2台の輸送車が揺れていた。
中の生徒たちが暴れている。いや、はしゃいでいるのだ。
窓から、幾多の顔がのぞく。
歳の行った者もいるが、ほとんどが15~6歳の若い顔だ。
肌の色はさまざま。黄色い者、白い者。黒い者。
笑い顔、泣き顔。
そのどれもが元気な喜びにあふれている。
応隆とそのパワードスーツを見て、それが自分たちを迎えにきたものだと悟ったからだ。
よく輸送車の装甲を破らないものだ。と、エピコスは思った。
総勢30人の生徒会がこの星に現れたのは、わずか2か月前。
召喚したのは、異世界の技術を解析していた旧マトリックス国、マトリックス地方にいた科学者たち。
だが、その科学者たちを学生たちは認めなかった。
科学者たちは、人々を救うために生徒会を召喚したわけではなかったからだ。
当時、仮説段階だった異なる次元の物理法則を自在に操る者達、異能力者を研究することだったのだ。
また、いくつもの侵略異星人の伝承に、異世界から人間を召喚すれば、危機から救ってくれるというものが多くあった。
科学者たちは、同じように異世界から人を召喚すれば、勝手にこの世界を守ってくれる者がやって来る、と考えたのだ。
あわよくば、その名声を自分達も…と甘い見通しの下、召喚は行われた。
いわゆるマッドサイエンティストだったのだ。
たちまち科学者たちは生徒会に拘束された。
その時、マトリックス海付近に配置されていた軍は、ほとんど戦力がなかった。
もしまともな状態ならば。
陸軍が、人員全てを戦車や装甲車で機甲化した2000人規模の拠点防衛師団2個。
空軍は戦闘機を含む100機の航空機を持つ航空団1個。
海軍は航空母艦、巡洋艦、駆逐艦を含む35隻の空母艦隊と、潜水艦8隻を持つ潜水艦隊。
マトリックス地域は工業の中心地でもあり、配備された兵器もチェ連で最新のもの。
それが、長年の戦争によりことごとく奪われ結果、生徒会に1日で無残に敗北した。
翌日から、生徒会が組み立てた戦略が外部とふれあう。
生徒会も侵略者と同じと考えたチェ連の防衛大臣は、記者会見の席で攻撃を呼びかけた。
たちまち大臣は、テレパシーで記憶を消され、赤ん坊その物の泣き声を上げた。
それは一時的な記憶操作だったが、その場にいた全員の頭に、記憶操作は永遠に続けられるという知識が、何の勉強もなしに植えつけられた。
宇宙帝国も攻撃された。
宇宙空間にある分厚い装甲やエネルギーシールドに守られた宇宙戦艦から、上級将校や視察に訪れた政治家、官僚がさらわれていった。
突然、空中から黒い巨人が現れた。
見えない力で引きずられた者もいる。
動物園にしかいないような猛獣が、くわえていったという話もある。
さらわれた者達は、ロープでぐるぐる巻きにされ、チェ連政府の施設の前に置かれていた。
ヤンフス大陸全土、ランダムに。
多少、異能力の知識のある異星人もいた。
だが、いかなるシールドや異能力を使おうと、その発生装置や使用者を丸ごと振動させられ、破壊または倒されていった。
ペースト星人の巨大円盤も、その一つだ。
最初はエネルギーシールドから始まり、発生装置。ブラックホール砲へ続き、爆発させられ、乗組員はそこを切断せざるを得ず、宇宙で救助を待つまで漂う運命となった。
不思議と死者は出なかった。
しかも異能力行使は1日に何度も起こる。
事前の練習などは確認されていない。
すべて、ぶっつけ本番ということだ。
このように恐るべき精度と力を見せつけながらも、これは時間稼ぎに過ぎなかった。
一か月前、ついに生徒会が本拠地から現れた時、先頭にいたのが…。
そこまでエピコスが思い出した時、窓からのぞく生徒会の中に、一つの見知った顔を見つけた。
短く切りそろえられた赤い髪に、くりくりとした茶色い目。
元気のよい笑顔の少女の顔を持つ、真脇 達美だ。
自ら名乗るところによると、元アイドルで、猫の脳を持つサイボーグ。
魔術学園の魔法データベース。
火山の魔獣ボルケーナの力を受け継ぐスーパーヒロイン、レイドリフト・ドラゴンメイド。
だがエピコスにとっては、山脈を越えてきた生徒会の移動チームの一人としての姿が思い浮かぶ。
山脈南の外側でエピコス率いる極限値師団は、監視任務に就いていた。
そこに最初の公証人として現れたのが、吹雪の中を事も無げに飛んできた彼女だ。
背中ら灰色の翼を羽ばたかせ、ジェットエンジンの轟音を響かせて。
あの自信にあふれた、甘ったるい笑顔。
気まぐれに振ったような腕が、自らに向けられた戦車砲をくの字に曲げた。
エピコスは、あの時に得体のしれない恐怖を感じた。
「この世界は、あなた方にとって未知の世界。
そんな中で、少しでもご安心を提供できる物が有ればと思い、武装してまいりました」
書記長の、あまりにも腰の低い言葉に、整列しながら兵士達は思わず耳を疑った。
しかも相手は人影、人型ロボットから下りてきた、20代そこそこのメガネをかけた、ひょろ長い顔の男だからだ。
その服は灰色で、細かい四角い模様で覆われている。
見た相手の印象に残りにくいデザイン。
布の下には防弾効果の高いセラミックの分厚いプレートが入っている。
背中からドラゴンドレス内部にはホースが繋がっている。
装着者の体温を冷やすための、冷水が流れている。
寒い時には温水が流れる。
来訪者。チェ連が突如現れた異界の者を敵以外として扱うのは異例のことだ。
エピコスは目の前の来訪者を見た時、祖国を裏切った科学者たちを思い出した。
マワキ カズシゲは、とてもではないが戦闘に耐えられる体には見えない。
どう見ても研究室から出てこない、科学者にありがちな軟弱な男だ。
あの裏切り者!
兵士たちは、この来訪者の存在も、裏切り者たちによる罠ではないかと疑っていた。
今や、願っている者さえいた。
目の前のマワキ カズシゲが敵なら、ロボットから出た時点でハチの巣にしてやれる。
さらに、コンボイに乗る重要人物たちも……。
不意さえつけば……。
そんな甘い考えが魅力をともなって心に広がる。
だが書記長とCEOの会話は、穏やかに決着がついた。
「あなた方の状況は理解しております。
実は、我々の世界も似たような社会情勢なのです」
そう言ってカズシゲは「お心遣いに感謝します」と謝意を見せた。
「それでは、このままあなた方の拠点へ向かってもよろしいのですね? 」
と書記長が問えば。
「その安全を確保するのが私の仕事です。ついてきてください」
とCEOが答える。
作品名:レイドリフト・ドラゴンメイド 第1話 戦傷兵の見た青空 作家名:リューガ