レイドリフト・ドラゴンメイド 第1話 戦傷兵の見た青空
その7つの光が大気中の酸素や窒素、水蒸気、あるいは微粒子によって、それぞれ違う拡散をします。これをレイリー拡散といいます。
太陽が高い軌道に見える時、光が大気を進む距離は短い。
太陽光の青い光は、レイリー効果によって拡散されやすいのです。
よって、空が青く見えます。
一方、夕方や朝では、太陽光線は長く大気中を進みます。
青い光は拡散しきってしまい、人の目には届きません。
ですが赤い光は、もともと拡散されにくい性質を持っています。
それで朝日や夕日は赤く見えるのです。
他に、ご用命はありませんか?』
「いや、十分だ。ありがとう教授」
エピコスがそう言うと、通信は終わった。
彼のはり詰めていた雰囲気が、安心してふっとゆるんだ。
山脈をジグザグに上がっていく装甲車の窓からは、山の裾側、南側が見えた。
その低い山並みと合わさる青空に溶け込むように、月よりも大きく、真二つに叩き割られた円盤状の機械が見える。
件のペースト星人の宇宙戦艦だ。
直径900キロ。
それに搭載されたブラックホール砲は、次元を湾曲させることで超重力を発生させ、対象物を粉砕し吸引する兵器だ。
その砲は、ヤンフス大陸の熱帯地帯にある巨大な火山、危険山頂西15番を打ち抜き、地殻をはぎ取った。
ふたを奪われたマグマは、噴火を引き起こした。
赤道の北側、熱帯地帯の偏西風は強い。
噴煙は偏西風に乗り、大陸をもう2年は覆うはずだった。
だが敵の宇宙戦艦の残骸は、もう何もできない。
魔術学園生徒会が、異能力で叩き割ったのだ。
「この青空は、敵の化学兵器などによるものでは、なかったのだね」
向かいの席に座る、もう一人の将校が話しかけた。
歳はエピコスより少し上。初老の男性だ。
黒い肌の奥に褐色の目が光る。
背は低いが、そのがっちりした肉体には力がある。
この国を収める力が。
胸にある、世界にただ1人だけ、身につけることが許される徽章が窓からの光で小さく金色に輝く。
チェ連国旗を、そのままあしらった徽章。
歯車のように、人々の絆ががっちりと組み合わさることを願った、かみ合う2つの歯車。
その前に交差するのは、工業技術を意味する絵の長いハンマーと、国防力を意味する自動小銃だ。
腰に下げるピストルも、エピコスが1丁なのに、彼は2丁。
それだけで、彼の徹底抗戦主義者としての主張を物語る。
「ここは、君の故郷だったね? じっくりと、眺めたいところでもあるかね? 」
エピコスの目の前にいる男は、そういってほほ笑んだ。
その柔和な言葉を聞いた時、エピコスの心が揺らいだ。
今まで、心にしまっていたことを、今ここで言うべきではないか?
故郷に帰るのは、20年ぶりになる。
それでも、愛郷心は消えない。
今は亡き父と母、生き延びた親戚や友人たち。
彼らが残した物が、本当に無事か、自分の眼で確認したかった。
それこそが、唯一摂理にかなった事ではないか!? と。
しかし、目の前にいる男の権力と、その担当領域、そして自分やほかの兵士たちのそれを思いだすと、一瞬浮かんだ考えを消し去った。
「いいえ、イストリア書記長。せっかくの、ご厚意ですが」
マルマロス・イストリア書記長。
彼が、チェ連の正式な歴史を記すことができる唯一の人。
すなわち、この国の最高権力者。
そして自分が何を担当領域としているかを考えれば、なすべきことは分かった。
「ご覧の通り、何もないところです。これでも、私の子供時代よりは発展したのですが」
窓の外を一瞥しながら言うと、次に書記長に向き直った。
「今は、政府の中枢こそが、私の守るべき場所であると考えております」
そう言った。
すると、イストリア議長の顔から柔和な印象が消え、岩のように固く人を遠ざける雰囲気に変わる。
議事堂で、大勢の議員を前に演説する時の表情だ。
「ありがとう。そう言われると私も鼻が高いよ」
エピコスは。そしてこの車内いる全員が思った。
これでいいと。
国民一人一人が、定められた担当領域で異常なく働く。
それこそが平和な安定のために必要な物だと信じているからだ。
たとえ、世界が一度、滅んだ後だとしても。
作品名:レイドリフト・ドラゴンメイド 第1話 戦傷兵の見た青空 作家名:リューガ