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アザーウェイズ

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「何かじゃないさ。中国は数年前から提携を目論んでいたんだが、日本が断固として拒んだから問題なのさ」
「はあ……すみません、さっきも言ったとおり、この国の現代史とか社会的なことはまだよく知らなくて」
「エイワースは中国にとってみればトータルでどうしても欲しい技術だっていうのは?」
「えっと……」
「そこからか」
 斉田は茶碗に残っていたご飯を全てかき込み、お茶を一息に飲んでから話を続けた。
「まず、核融合発電だが、世界各国で実験炉が動いているが、日本のは磁場閉じ込め方式に独自のヘリカル型を採用しているんだ。テレビでよく広報CMやってるだろ、見たことないか? 金属質の大蛇が数匹螺旋状にとぐろを捲いてるようなヤツ」
「ああ、なんかSFの宇宙船内部かなんかみたいなのですね、こうぐにゃーと」
 理斗が食べていたスパゲッティ数本をフォークに絡めて回転させながら皿の上で引っぱって円を描いた。
「うん、それだ。日本はその技術を成功させ、世界で唯一核融合炉の実用化に成功できたんだ。しかも高効率でな」
「斉田さん、さすが理系大学出身ですね」
「俺も大学で講義受けた程度だ。まあ基本的なことならネットでもある程度勉強できる」
「それから?」
「それで大出力かつ安全安定的に供給される電力が確保されたことで、高度水循環プラントもその性能を発揮できるようになった。それまでは水不足でこの地域は大変だったんだ」
「それで『水は大切に』という広告やポスターがあちこちにあるんですね。ここに来て以来ずっと不思議でした。これが出来る前は水不足のときどうしてたんですか?」
「西日本からパイプラインで給水したこともあった。勿論本国中国政府の言い値でな。だが今はどんなに雨量が少なくても全てこのプラントで賄えるようになったから中国がカリカリし始めてな。それに世界的に水不足は深刻だ。特に中国本土は今世紀初頭から水資源の環境汚染が問題になっており、現在は急務の課題だ。だからこそエイワース技術が咽から手が出るほど欲しいのさ」
「それも言い値でですか」
「それは付け値と言うんだ」
「すみません……」
「仕方ないさ、東日本はここより国語の授業が少ないんだろ?」
「ええ、多分そうだと思います。英語よりは多いですけど」
 この気遣いのできるところも理斗が斉田を尊敬するところだった。
「それで、中国は強引な手段で提携に持ち込もうとしてたんだが、日本も経済的にこの先存立していくためには決して譲れない技術だからな。中国に対しては、昔あった新幹線の技術流出のように様々な損失を覚悟して、その分込みの提携契約金を要求してたらしいが、事実上断るための言い訳にすぎなかったし……ともかく、これでどうなるか。まさか上陸するとまでは思わないが」
「上陸!?」
 声の裏返った理斗が、ありえないとばかり訊き返す。
「俺もまさかと思うがな。しかし、日本が四国にエイワース施設を建設し始めたころ、またトカラ列島付近に大量の海底資源が発見されたころに領空侵犯や領海侵犯をするようになったのは、全て単なる牽制だと言い切れるだろうか」
 丁度テレビのニュースキャスターも、図を使って同じことを説明していた。
 図に示されているのは、瀬戸内海部分の複雑な曲線を描く国境。その国境の赤い線を跨ぐ形で矢印が引かれているのは領海侵犯の経路だ。
「自分達の利益は、力ずくでも奪って見せるということですか?」
「そうさ、そして日本を助けてくれる国などどこにもない。戦前の旧日本ならともかく、現在の我々の日本はこれだけ小さく、国際的な影響力も大きくない。それに比べて遥かに強大な中国が指でつつくようなちょっかいを出したところで、その強大さゆえに他国はなかなか文句が言えない。抗議するにしても口だけで終わるだろう、中国の軍事力と経済制裁が怖くてな。どこの安全機構にも属していない、小国の運命だな」
「他に道はないんでしょうか……絶対別の道があると思います……」
「俺はもう少しアメリカに摺り寄ってもいいと思うんだが……今の日本は中立と孤立主義を混同している感があるな……」
 今、自分が移民した頃には思いも寄らなかったこと、つまり中国に侵略されるという事実が起ころうとしている……。
 だが、不思議と不安感を感じないのだった。
 北にソビエト、西に中国と挟まれていた東日本。
 両親はいつ北海道にいるソビエト軍が侵攻してくるかと恐怖に怯えた昔話をしてくれたこともあった。しかし理斗が知っている東日本は、ソ連崩壊後にバルト三国などと呼応して独立した北海道共和国はなんら脅威になっておらず、中国もアメリカとは表面上は良好な関係を保っている。
 唯一北朝鮮だけは、ミサイルなどの脅威があったがアメリカ軍のミサイル防衛が万全の体制を整えており、もとより北朝鮮軍が上陸侵攻するはずもなかったのでなにも心配がいらない。
 ただただ、安全を貪る少年時代を送っていた。
 今も、東日本にいる両親やかつての級友たちは、駐留している米軍によって安全保障上ではなんら心配なく暮らしている……。
 移民してまだ二年しか経っていない理斗には、まだこの国の国防精神というものが完全に身についていないのかもしれない。
 そのためか、中国軍と交戦することになるなどとは俄かには信じられないのであった。
 食器を戻しつつそんなことを考えていたときだった。
「おわっ――」
 背後から突然押され、理斗は手に持っていたトレイを危うく落としそうになっていた。
 理斗にぶつかってきたのは四人連れのワック、つまり女性自衛官だった。そのうちの二人は尉官クラスである。おそらく斉田と同じく連れの曹士とここで食事をしていたのだろう。
 理斗にぶつかったのはその尉官の一人だった。
「ごめんなさいね、ちょっとお喋りしてたものだから」
 それは理斗と同じくらいの身長に、なかなか恰幅のよい二尉だった。理斗が男子の平均身長程度なので、女性としては充分背が高いほうだろう。そんな彼女が理斗を一瞥すると、ぽんと理斗の肩に右手を置いて軽く揉んできた。
「うーん君、もっと鍛えたほうがいいなあ。あれ位でよろけてたんじゃ国は守れんよ。なんならひとつお相手してやってもいいが」
 値踏みするように理斗の体を上から下まで眺め回す。
「ちょっと。こんな若い子に手を出すなんて、あなたも相変わらずお盛んね」
 隣にいた同じ二尉のワックが笑顔で突っ込んでいる。そして理斗に向き、
「君、気をつけたまえ。この人は寝技を大の得意としているのでね。痛い目を見るかもしれないよ」
「ちょっと二尉、寝技ってやだ〜」
 隣の曹士が笑いを堪え切れず吹き出すと、寝技と言った一人を除き三人がどっと嬌笑に湧いた。
「笑うな、ほら行くぞ。失礼」
 二尉は顔を赤くして言い残し、三人の腕を引っ張って去っていく。
 理斗は彼女らの姿を見送ったあと、周りを見渡した。たしかに周りにいる隊員はみな見事に鍛えられた肉体をしており、技術陸曹候補生時代の訓練である程度鍛えられたとしても見劣りのする体をしていた。日常の運動量の差は歴然だった。
 明日から毎朝ジョギングするか。
 ふと、そんなことを思いついた理斗の隣では、斉田がワックを見送っている。
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L