アザーウェイズ
表向きは日本軍の武装解除を達成する為という理由だったが、事実上はソビエト軍の本州上陸を阻止するのが目的であった。その一週間前に外交筋から、スターリンが本州への欲望を垣間見せたという情報を得ていたアメリカ軍は、そのときより東北地方防衛のための上陸準備を進めていたのであった。
またアメリカ軍は日本の大本営とこの上陸作戦について連絡を取り合っており、アメリカ軍と日本軍との戦闘は発生していない。
こうしてマッカーサーは八月三〇日、様々な難解な局面を持ち前の指導力で乗り切り、予定通り厚木に到着した。
一方、ソビエトの侵攻に疑心暗鬼となっていた日本軍の武装解除は進まなかったため、アメリカはイギリスと呼応し、ソビエトへの牽制から大部隊を東日本に駐留させる必要があったため、中国地方、四国、九州をイギリスに占領させることとした。
こうして既成事実としてソビエトに占領された北海道を含め、日本は三カ国に占領されることとなった――。
「へー、そうだったのか……」
本を読みながらひとり呟いている理斗。
「どう? 2号機の調子は」
本に集中するあまり、突然背後から声をかけられたときには、本を閉じる余裕もなかった。
「何の本読んでるんだ?」
そう覗き込んできたのは理斗よりも一年早く機兵開発班に所属している斉田三尉である。
「あ、いや、その……」
「ん? 日本史? おいおい高校の勉強を今更か?」
「いや、わたしは高校のときは自分の興味のあるプログラミングやシステム関連の勉強ばっかりで、近現代史は選択科目だったから……」
「あ、そっか、洞見は高校卒業してから移民したんだっけか。東は選択? 日本は必須科目なのさ」
「そうなんですか……」
理斗は昨日の出来事に思い当たった。そう、北海道がロシアから独立したと言ったときに、美緒が奇妙な顔をしたことである。
パラパラとその項目を捲ると、一九九一年にソビエト連邦から独立と書いてある。
理斗はやっと美緒の表情の意味を理解した。
「あ、あのちょっと訊いていいですか?」
「ああ、何だ?」
この若き幹部は、技術陸曹候補生と同じく新設された技術陸上幹部候補生として自衛隊に採用されたのち、理斗より三ヵ月早く機兵量産一号機のパイロットになっていた。
技術幹部として優秀なだけでなく、博学な知識に理斗は尊敬の念を抱いていた。そして端正な容貌に加え親しみやすい性格もまた魅力であった。
「旧日本の中国地方が中国の占領地域になったのってどうしてですか?」
斉田から教えてもらう方が手っ取り早そうだ。慣れない歴史参考書に疲れてしまっただけでなく、『わかりやすい』と題名にあるのは名ばかりで、予備知識がまったくないと難しいレベルの本に理斗には思えた。
「それはだな……」
可愛がっている後輩に知識を披露することが嬉しいのだろうか、いつもの理知的な顔に得意気な様子を加えて、斉田は説明し始める。
「戦後すぐにイギリスは財政危機になったんだ。戦後復興や社会福祉の問題でね。それでとても西日本全てを統治する余裕がなくなり、アメリカの承認を得て中国地方と九州北部を中華民国に統治させる。なぜその地域になったのかというと、人口の多い地域を統治するには部隊が多く必要で、財政理由によりイギリスが敬遠したから、また被爆地域である広島と長崎を避けたという話や、他に地理的に価値のあるこれらの地域を蒋介石が欲し、大陸から持ち込んだ大量の金塊や美術品で財政危機のイギリスを買収したからという噂もあるんだ。それで日本は四カ国に分割されることになった……」
斉田が本の裏見返し地図を開き、北海道を指で丸く囲む。
「これがソビエト」
続いて、東北から近畿地方までの東日本、中国地方と九州北部、四国と九州南部をそれぞれ指で丸く囲む。
「アメリカ、中華民国、イギリスの四カ国でな……ちょっと横に逸れるがその分割以降、イギリス占領地域ではイギリスの緩やかな統治により、日本の主権論が叫ばれる。そして、永世中立国として再興する案が出始めると、それを理想とする日本人が他の占領地域から移動し始める。アメリカ占領地域の戦後は知ってるよな? ちなみに東ではどう教えられてるんだ?」
「それくらいは……」
小さく頬を膨らませて理斗は説明し始める。
「アメリカとの密接な関係を望む親米派が準州加盟運動を始めたんですよ。でも四千万人を超える準州はさすがのアメリカでも躊躇うレベルだったんです。そこで出てきた案が、平和希求の軍隊放棄かつ天皇制維持、つまり主権維持の目的でアメリカ自治領派が優勢となったんです。それが現在、アメリカ合衆国の東日本自治連邦領です。ここでもそう教わりますか?」
「ああ、それもここ日本ではちゃんと高校で叩き込まれるのさ」
「そうなんすか……戦後、戦勝国アメリカを賛美する日本人のアメリカ政府へのロビー活動は激しかったらしいですよね。なんとしてもコモンウェルスを勝ち取ると……」
コモンウェルスとは、一九四六年までのフィリピンや現在のプエルトリコのような州と独立国の中間体制のことである。現在の東日本は、この体制を『自ら』欲してぬるま湯状態を楽しんでいると言えた。
「そうなのか、そんなロビー活動があったとは知らなかったな……ああ、現在中国の一部と化している西日本については年表を見ながらのほうがいいだろう」
斉田はパラパラと頁を捲る。
一九四六年一二月
トルーマン大統領、マーシャル将軍の召喚と中国内戦からのアメリカの撤退を表明。
「中国での国民党と共栄党の内戦が複雑なんだよな。ま、最初は共栄党よりも蒋介石率いる国民党が優勢だったから、その中華民国が西日本を占領してたんだ」
一九四八年一一月
中国大陸で共栄党勢力が優勢になるにつれ、国民党軍が台湾及び日本占領地域へ撤退開始。
「で、一九四九年になると共栄党軍はほぼ勝利を手中に収める。そこで共栄党軍は国民党軍を追って中国国内だけじゃなく台湾と西日本の国民党軍までも攻撃し始めるのさ。イギリスは干渉しようと思ったらしいが香港問題から躊躇してしまい、アメリカも一度中国内戦から手を引いていたことと北海道のソビエト軍が気になって介入できず、結局西日本の国民党軍は共栄党軍に蹴散らされてしまう。だが、国民党軍は九州北部に追い込まれてから踏みとどまる。それと台湾もね。ここは蒋介石もよく粘ったよな。まあ白団という日本人軍事顧問団も活躍したんだが。ここでようやく国連が重い腰を上げて介入し停戦」
年表の先を見ると、
一九四九年一〇月
中華人民共和国成立。
一九四九年一二月
蒋介石は中国大陸を逃れ、福岡を中華民国の臨時首都とする。
「台北が福岡に比べて危険だったため、蒋介石は福岡を中華民国の首都としたんだ」
「いや、でもここは台北よりも共栄党軍の脅威がありそうなんですが」