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 長身の上司が見おろす視線に静かな迫力が満ちる。理斗は姿勢をいつもより正さずにはいられない。
「申し訳ありません……遠隔操縦でトラブルが生じたのを、善通寺の整備隊が自分達には問題ないって言い張るものですから」
「確認したのか?」
「善通寺に送る前は問題なくて、善通寺で動かしたら問題発生したんですから向こうの整備が悪いに決まってますよ。丁度一昨日向こうで整備作業したらしいですし」
「ここで動かした時間数は?」
「基本的動作の確認だったので、二時間です。すぐに善通寺に送るようにと言われていたので」
「善通寺では?」
「ええ……昨日が六時間、今日が五時間です」
 胸を張り自信ありげな理斗。そんな彼に、梅崎も自然と持て余し気味の口調になっていた。
「しかし、第二師団の整備隊も優秀な面々が揃っていることで有名だからな。この前の部隊対抗整備大会でも三年連続で優勝だし、彼らが問題ないって言うのを頭ごなしに間違っていると決め付けるのはやばい気がするぞ」
「いや、でも――」
 身を乗り出した理斗を、梅崎は片手で制する。
「それ以上は、検証してからだ」
「……はい」
 梅崎はあっさりと注意するつもりだったのだが、理斗の不承不承な返事に、もう一言付け加えたくなったのか、
「それとだな」
 と言いつつ、強く責めるわけではないと伝えるように理斗の肩をぽんぽんと二度叩いた。
「あまり、目立つ行動はするな。ただでさえ我々の機兵実験班は眼の仇にされてるんだからな」
「え、眼の仇にですか……?」
 意外だとばかり、理斗は不思議そうな顔を梅崎に向ける。
「知らんのか?」
 梅崎は呆れ気味に苦笑する。
「あのな、我々の実験班は機兵という新しい兵器を軌道に乗せるための組織だ――」
 そのくらい知ってますよとばかり、理斗が頷く。
「――そして機兵が完成され、各部隊に配備されたらどうなる」
「前線の隊員が危険から解放され助かります」
「まあ、そういう側面もあるが全員がそう考えると思うか?」
 理斗は首をかしげる。
「つまり機兵パイロットばかりが活躍して、自分たちの仕事が減ったら、現在の処遇が維持されるかどうか危惧する者だっているだろう」
「それはまあ確かに……」
「他にも目立ちたがり屋みたいなのは何処にもいる。今注目されている機兵が鬱陶しく思っている人間だっているんだ。新しくて目立つ組織や部隊ができると何かと嫉まれるものだ。わかるか?」
「はあ、まあ何となく……」
 わかったようなわからないような何とも要領を得ない返事である。
「ま、若いから全部理解しろとは言わんが……それに加えて洞見は三年前に新設された技術陸曹候補生として採用されただろ。そして機兵実験班に配属。さらに東日本の移民組だ。三重に嫉まれてるかもしれん」
「そんな……」
 困惑する理斗に梅崎は背中をどんと強く叩く。
「心配するな。今からでも謙虚に振舞えば大丈夫だ。女の子のナンパもほどほどにな、あれは目立つ……あと、北海道が独立したのはロシアじゃなくてソ連だ。それくらい常識だぞ」
「あ、そうでありますか……あ、あの、室長に謝ってきます」
 班長にナンパの現場を見られていた!?
 理斗は赤面し、居た堪れない。
「ああ、謝ってこい。さっき『彼は甘やかされて育ったのか?』って怪訝な表情だったし」
「え!? は、はい。行ってきます!」
 理斗は踵を返すと早足で通信室へと向かう。
『甘やかされて育った?』
 その言葉が胸にちくりと刺さる。
 確かに自分は機兵にかかわれたことで調子に乗っていたところもあった……そう、確かに甘やかされていたのかもしれない……。
「堪忍は一生の宝だぞ」
 丁寧に頭を下げている理斗に、室長はそう諭した。
 理斗にとっては初めて聞く諺だった。
 甘やかされた自分はこうやってひとつひとつ学んでいくしかないのかもしれない……女性についても……。
 理斗は無理矢理にでもこの理由にすべてを背負い込ませようとしていた。何故自分がそうしているのかは、何かを懼れるように眼を叛けて。
 美緒のいる売店の方向を振り返り、理斗は今日自分が取った突飛な行動に恥ずかしさを憶え、ひとり顔を赤くしていた。

    †

 翌日、理斗は梅崎一尉から指示された任務がある。それは昨日のトラブルの原因切り出しだった。
「善通寺の整備隊が機兵2号機を全点検したいと申し出てきた。完了するまで四日欲しいとのことだ」
「四日もですか……!?」
 理斗はさらに非難の言葉を続けようとしたが、昨日の室長の言葉を思い出し腹に収める。
「仕方がない。昨日洞見が文句を言ったからそれだけ念入りに点検したいんだろう。それにまだ機兵に関しては経験不足だ。それぐらい考慮してやれ」
「……はい」
「で、その整備が終わるまでの間、こちらの送受信データを解析して原因切り出しに全力を挙げて欲しい」
 そう言われ、理斗は自席のパソコンでデータ解析作業をし始めたものの、どうしても整備に問題があるような気がして身が入らない。
 一時間ほどぼんやりと数字の羅列を無意味に眺めたあと、理斗は資料に見せかけてバッグから本を取り出して開いた。カバーに隠された題名は『日本近現代史』。高校の参考書だった。
 東日本では選択科目だったため縁のない科目だったが、昨日梅崎から常識だぞと言われ、帰宅途中で買ったものだった。基地内ではネットについては監視されているのでこういった調べものは出来ず、どうせ今日一日やることもないだろうし、暇なときに読もうと思って持ってきていた。
 理斗は誰も自分に注意を払うものがいないことを確認すると、眼を走らせ素早く拾い読みしていく。

 ――一九四五年八月一五日。日本政府はポツダム宣言受諾を連合国側に通告した。翌一六日に全ての戦闘行為を停止するよう命令が出されたが、一部の地域を除いて戦闘は継続された。
 最も激しかったのはソビエトとの戦闘である。ソビエトは八月九日に対日参戦したが、満州と南樺太に電撃的に侵攻しただけでなく、ポツダム宣言受諾の翌日一六日にはシベリアのソヴィエツカヤ・ガヴァニから大規模な上陸部隊を稚内など北海道各地に上陸させ、侵攻を開始した。
 北海道でのソビエト軍の攻撃は苛烈であり、戦闘停止命令が出されていた日本軍は当初為す術もないまま八日間で北海道南部まで電撃的に進攻された。だが、侵略された地域におけるソビエト軍の民間人への暴行や虐殺があかるみになり、また北海道各地の防衛部隊の玉砕と本州への上陸が現実味を帯びるに従って日本軍は再軍備し抵抗し始めた。
 日本軍の再軍備は東北地方を中心に行われ、さらにソビエト軍の上陸が予想された北陸地方など全国に及んだ。函館においての日本軍とソビエト軍の激しい衝突が二日間続き、日本軍の武装解除が進まないどころか暴虐的なソビエトへの日本国民の反攻機運がより一層高まり、ソビエトとの戦闘が激しさを増す一方であることを問題視したアメリカは、東北地方各部への上陸を開始した。
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L