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アザーウェイズ

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「学生数多いからそりゃ絶対数も多くなってそう見えるだけなんだよ。割合的にはどの学部とも変わらん」
「この前、すっげー美人が独りで図書館で俺の隣に座っててよ、話しかけたかったけど無理だったわぁ〜」
「お前はあのお局教授に気に入られてるんだからいいだろ!」
「うえ〜そりゃねーよ――」
 皆が馬鹿笑いで顔をくしゃくしゃにする。そんな弾んだ会話で、ジョッキのなかのビールはどんどん減っていく。
「でもよ、就職活動も来年だろ〜。お前らどうするのよ」
「景気良くなってればいいな」
「俺は自衛隊入ろうかなって」
「あ〜それいいな。戦争なんて絶対起こらないもんな」
「俺はやだわ〜。北海道とかの部隊になったら冬寒いんだろ? 俺は防衛省のある市ヶ谷でのみ働けるってんならいいわ。東京から離れたくない」
 北海道? 市ヶ谷? 東京?
 理斗は彼らの会話を聞いていて不思議に思った。それらの地は日本じゃないだろ。
 一体どこの国の話をしているんだ?
 酔いのせいか?
 皆と別れて、理斗は帰宅する。
 母が心配していた。
「ごめん、お母さん。今度から連絡するよ」
「そうしてね」
 パジャマ姿の母はにこにこと笑顔で答えると、寝室へと戻っていった。
 母さん若く綺麗になったな。まるで中学生のときに戻ったみたいだ。
 母の後姿を見ながら理斗は思った。
 酒のせいか喉が渇いていた。お茶を煎れ、居間のソファーに腰掛けてテレビをつける。
 夜のニュース番組の時間だ。
『明日の天気予報です。明日は全国的に晴れるでしょう。最高気温は沖縄は二五度、九州から東北までは二〇度前後と、快適な五月晴れになりそうです。北海道はまだ肌寒さが残るでしょう』
「まただ。なんで東日本まで予報してるんだ? 沖縄? アメリカの占領地なのに……いつ日本に返還されたんだ。まるで日本の地域のひとつみたいに――」
 気象予報士が画面から消え、男女のニュースキャスターが現れる。
『次のニュースです。離島防衛の日米共同演習が本日行われ――』
「なんの話だ!」
 理斗はようやくおかしいことに気付いた。パソコンをつけて調べる。
 日本は戦前の姿と何一つ変わっていない。ただ植民地を除く、本土と呼ばれる地域だけだ。
 北海道、本州、四国、九州、沖縄。小笠原諸島……。
 それらがすべて日本の領土だ。そして、一億二千万人の国民が皆同じ憲法下で、同じ条件で自由に暮らしている。
 国土を守るのは自衛隊だ。二十万人以上の、世界的に見ても素晴らしく装備が充実した自衛隊。とても自分の知る自衛隊とは違う。
 そしてアメリカと安全保障条約を結び、他国からの脅威に対処している。
 違う! 今自分達が直面している問題より遥かに安全で強固な国。
「どうなってるんだっ!!!」

 自分の声がはっきり聞こえた。
 そして、眼が覚めた自分に気付いた。
 夢の内容を考えると、悪くない世界だった。だが、今のこの日本よりも良いかと言われるとそれはわからなかった。
 そして、この道もあったのかもしれないという思いに馳せていた。

    †

 結局、この工作員の捜索は一週間行われた。理斗が最初に狙撃した一名を含め、生存のまま捕らえられたのは僅かに六名。そして理斗と川井の銃撃による死者一名とういうものであった。
 他の二十名以上いると思われる工作員は、その足跡さえ発見に至っていない。すべて工作員として日本国内に潜伏しているものと思われる。
 この事件後、中国政府は、遺憾の意を表明した。死者は不法滞在の労働者であり、中国人排斥運動に恐怖した結果小銃を手に入れただけである。それを自衛隊が殺害したというものだった。
 捕虜となった工作員は、工作員として上陸したと白状している。日本政府はそれを根拠に抗議したのだが、それは捏造のひとことで中国に一蹴された。
 そして中国政府は、無残に殺傷された中国人民のために日本に断固とした態度を取ると、報復とも取れる表明をした。その表明に恐怖する者、また怒りを露わにする者。日本国民の反応は様々だった。そして怒りを抑えられない日本人の中国人への嫌がらせが頻発する。
 それに対して、当然ながら四国各地で中国人のデモが発生した。
 あの穏健で、日本人とも仲良かった中国人。彼らの一部が表情も態度も一変させて、中国人への差別撤廃、待遇改善と日本政府への抗議活動を四国中央市を中心に行った。
 意外だったのは、四国中央市から離れた今治で突然同じようなデモが発生したことである。
 二箇所のデモは次第に規模を大きくした。それが警察の手を煩わしたのは、日本人も交じっているからだった。彼らは、日本の徴兵制反対を唱え、自衛隊が事態を深刻化させたと唱える平和主義者や中国人とのビジネスで儲けている人たちだった。
 警察は対応に手を焼き、かといって民間人のデモに自衛隊が出動するわけにもいかなかった。
 デモが次第に熱を帯びると、それを冷静に見ていた日本人の中に当然ながら反発する者が現れ始める。
 一部の日本人によるカウンターデモは、中国人と日本人の衝突を生み、双方に少なくない死傷者が発生した。
 その精確な人数は不明である。暴徒の群れ、入り組んだバリケード、放火された車や店舗など、荒れた街並みのなかで誰が精確な状況を掴めるだろう。
 街は徐々に元の形を失いつつあった。
 中国人相手に商売をし良好な関係を築いていた住民や、争いに巻き込まれない立場であり且つ傍観に徹している郊外の住民などを除き、多くの住民が避難し始めていた。
 その後、中国人たちはひとつの合言葉を言い始める。
『歴史の正常化』
 第二次大戦後の日本占領計画で中国の占領地域となるはずだった四国を中国のものに戻せ、という主張。それは先日中国の孔主席が言った言葉だった。
 そしていつしか、武装してのデモ、いやそれは最早デモと呼べるレベルではなく、民間人武装勢力による軍事行動と言ってもよいものへとエスカレートしていた。それはもう、確実に工作員に扇動されたものに違いないと思われた。
 政府内ではこの事態への対応を巡って意見が食い違い、後手後手に廻ったまま混乱は規模を大きくし、全国からの警察官大量動員によって沈静化するべきとの強行手段が大きく主張され始めた。
 そして事態が最高潮に達したときである。
 高松、徳島、高知、松山と繋がる高速自動車道のジャンクション部が爆薬で吹き飛ばされ、寸断された(勿論高速道を走行していた日本人や中国人双方に死者が発生した)。
 同時にしまなみ海道を中国軍が進軍してくる。在日中国人の保護を目的とするものである。
 また厄介であったのは、中国軍が日本住民に対し、宣撫工作を行っていたことだ。そのため避難する住民は数割にとどまり、半数以上はその場に住み続ける。それが日本の行動に足枷のようになった。
 中国軍の進駐が定まると、デモは何ごともなかったように起こらなくなり、デモの中心にいたメンバーは消えうせ行方不明になった。進駐した地に残った日本人や中国人は、変わり続ける状況に困惑し、これからの己の身の振り方に悩んでいるのだった。

    †

 数週間後、善通寺駐屯地内で中国軍への反攻を準備する理斗の姿があった。
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L