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アザーウェイズ

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 機兵を進ませ、小屋の壁の破れ目から中を覗く。と、敵は部屋の反対側の出口を後退しながら銃を向けていた。
 銃口が火を噴いた。
 鈍い衝撃音と、鋭い金属音が同時に響く。
 防弾チョッキと、それ以外の機兵の金属部分に命中したに違いない。セラミックとはまた違う、関節部分か。
「エラー!?」
 左肘に問題が生じたエラー表示が視界内に突如と表示された。
「くそっ!」
 まるで自分が撃たれたかのような怒りが湧いた。瞬時に理斗は敵兵をロックし射撃する。
 敵兵が膝から崩れ落ちる。
 そして、彼の後方に飛び散った血糊が視界に入った刹那、理斗は冷静さを欠いた自分に気付いた。
 理斗は周囲を警戒しつつ森の中を走り、負傷した敵兵に銃を向けながら近寄った。
 敵兵は死んではいなかった。あくまでも機兵の射撃は精確だった。
 彼の足元に落ちていた小銃を蹴ると、理斗は日本語で呼びかけた。
「日本語わかるか?」
「ああ。母親は日本人だからな。どうした? 殺さないのか?」
 ふてぶてしい顔をした男が、小さく喘ぎながら答えた。
「殺すなと命令されている」
 男は数秒考える仕草をすると高笑いした。
「……はははそうか、やはり日本人は臆病者だな」
「なにっ!」
 理斗のこめかみに青筋が浮かんだ。
「そうだろ? 違うか? 俺は父親が気弱な日本女に産ませた子供なんだ。だからよくわかる。まあ俺は日本人の気質を一切受けなかったみたいだけどな。何しろ南沙で最近やってきたばかりだ」
 男は痛さに顔を歪ませながらも自慢げに話した。
「ほら、殺さないなら手を貸してくれよ」
 手を差し出して、理斗に起こすように促した。だが、理斗は彼に手を貸す気にはなれなかった。
「貴様、名前は」
 理斗は機兵の無線を使って本部に報告しようと、男の名前を訊ねる。
「トウ、コだ」
 無線を操作しようとする理斗の手が止まった。
「なに? もう一度言え」
「トウコだ、漢字は骨董の董にトラの虎だ」
 一呼吸おいて、理斗は再び訊ねる。
「紗奈という女を知っているか?」
 少し声の震えている理斗に、男は何かを感じた様子で答える。
「……ああ、なんだお前も知ってるのか? こっちに遊びに来たことがあるのか?」
 その言葉が言い終わらぬうちに、理斗は自分の小銃で狙いをつけていた。
「おい何だよ、物騒だな。」
 音の顔が引き攣った。
 そのあまりに醜い顔の隣に、紗奈の美しい顔が幻のように浮かぶと、理斗の人差し指はぎりぎりと引き金を絞り始めていた。
 しかし、駄目だった。
 そして暫し躊躇ったのち、機兵を動かす。マニュアル操縦に切り替えると、ゴーグルをおろさずに小銃の銃口を男の頭に狙いを付ける……。
 発射ボタンに触れている人差し指の指先が細かく震えていた。
(押すのか俺は?)
 迷っている間に、酷く長い時間が過ぎたようであった。
 そして、その間に男の顔には幾筋もの汗が流れていた。
「へっ! 何だよお前、女から聞いたのか?」
「ああ……」
 理斗はかろうじて声を搾り出した。
「はんっ! 無理だろどうせ、臆病者はよ!」
 男がそう嘯いたときだった。
「!?」
 背後から砂利を踏む音がした。理斗がそれに気を取られたとき、男が立ち上がりながら、半長靴のすぐ上のズボンの布地を引っ張る。
(ホルスター!?)
 脹脛に巻かれた焦げ茶革のホルスターだと分かったときにはもう男は小型拳銃を抜いていた。
 理斗は反射的に機兵の陰に隠れてかがむ。男は理斗に容赦なく二発発砲した。
 カツン! カツン! という甲高いセラミック音。
 確実に理斗の命を狙っている弾筋。
 声にならない怒りが、理斗の怒りを突き上げた。
 背後から声が聞こえる。
「洞見いるか!?」
 川井分隊長の叫ぶ声だった。壁の隙間から突っ立っている機兵の姿を見て、彼が近寄っていたのだった。突然の銃声に川井は姿勢を低くしつつ建物の破れ目から覗き込み、後退している男に銃口を向けた。
 男も怯まない。川井の隠れている壁に二発撃ち込む。川井は建物の陰に隠れるしかなかった。
 機兵の陰にいた理斗はその隙にゴーグルを下ろし、コントローラーに手を這わせた。
 男が飛んだ。血が流れる左足を庇いながらの動きだったが素早い動きだった。彼の目指す先にあるのは、理斗が蹴った小銃だ。
 理斗がロックオンするとともに、機兵が眼にも留まらぬ速さで小銃を構える。動く右腕で男に銃口を向けたかと思った瞬間にはもう乾いた音とともに薬莢が飛んでいた。
 跳躍の途中にあった男が地に倒れたのと、排出された薬莢が地に落ちたのはほぼ同時だった。
 男は一度派手に転がってから、動かなくなった。
 理斗は小銃を構え、男に近づく。
 生きているか、死んでいるか。
 確認する必要がないほど男の四肢は脱力していたが、念のため男の顔を覗き込む。
 しかし、覗き込んだことを後悔するほどに男の口から血の泡が流れていた。
 絶命だった。
 機兵は第一照準だった。すなわちロックオンされたターゲットに致命傷を負わす射撃は、確実に行われる。しかもこの近距離では当然だった。
「殺ったのか?」
 川井が出てきて、警戒しながら男の顔を見、そして理斗を見た。理斗は川井に眼を合わせられずにいた。
 川井は転がっている死体を凝視し、軽く足で蹴り、しゃがんでさらに死んでいるかどうか確かめる。
「こりゃまた綺麗に撃ち抜いたな」
 立ち上がって理斗に振り向いた。
「すみません。殺してしまいました」
 理斗の唇が青褪めてかすかに震えているのを見て、川井はにやっと笑う。
「殺っちまったものは仕方ねーよ」
「とうとう……死者を……」
「気にするな。あの状況じゃどうしようもないだろ」
「しかし命令では……市内のときはうまく負傷にとどめたのに……」
「んなもん、誰も守れるとは思ってなかったさ」
「しかし……」
 立っているのがやっとなほど、理斗の悲痛な思いに打ちのめされているようだった。噛み締めている唇が歪み、その隙間に涙が流れ込んでいく……。
「仕方ねーな……」
 そう言うと、川井は死体の頭に小銃の狙いを定める。そして乾いた音とともに薬莢が飛んだ。
 理斗は驚いて川井の顔を見つめた。
「俺にとっては手柄みたいなもんだ」
 理斗に向かって微笑むと、川井は無線機を操作し始める。
「あー司令部司令部、応答願います。こちら――」
 川井が敵工作員が死亡したことを『戦果』として報告している。彼の表情はいつもと変わらぬ淡々としたものだったが、無線機に話す口調は申し訳なさそうだった。


 最終章

 理斗は重い気分から晴れることはなかった。
 気付けば、理斗は大学に通っていた。東京の私立大学。課題の実験を終え、共同作業していた友人たちと繁華街に繰り出す。
 居酒屋で呑み交わすと、今日の実験の楽しさ難しさ、理系学部ゆえ、数少ない女子学生の噂話、ひねくれた担当教授の悪口など話は尽きない。
「おい、今度薬学部と合コンしようぜ」
 友人の一人が提案した。
「薬学部は忙しいから俺らのこと相手してくれねーんだよ」
「ぱっと見、真面目な娘が多いよな」
「でも可愛い娘も俺たちの学部より多いぜ」
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L