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アザーウェイズ

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 ゴーグルには警察官に取り押さえられる工作員の姿が見える。
 小隊長も双眼鏡で覗いていた。
「死んではいないようだな……」
 第一七普通科中隊の隊長がこちらに飛んでくる。
「誰だ撃ったのは!」
 中隊長の血相に、理斗は緊張して答える。
「自分であります! 工作員が小銃で民間人を狙っていたため、狙撃しました!]
「中隊長、死んではいないようです」
「そうか」
 中隊長は、自分の部下たちに振り向くと手招きした。
「奴を尋問するぞ。来い! 第三小隊は予定通り他工作員の捜索にあたれ」
 副中隊長と情報小隊などを引き連れて走っていく中隊長の後姿を見ながら、小隊長が理斗に声をかける。
「みんな神経質になってるんだ。戦後初めて、戦闘で自衛隊が敵兵を殺すか殺さないかってな。いつかは起きることだろうに」
 三年前、ソマリア沖の海賊対策で海自が攻撃してきた数人の海賊に自衛行動を取り負傷させたとう事実があっても、理斗は気が重い。
 気にするな、とばかり肩をポンと叩くと、小隊長は去っていった。
 だが不安を感じる一方で、理斗は確かに手応えを感じていた。
 あの直島以来、付きまとわれているような感じがしていた不安感。喪失しかけていた自信が、いま取り戻せた気がしていた。
「俺だってやれる。もう無様な失態は繰り返さない」
 理斗は気力が満ちてくるのを確実に感じていた。

「よし、行くぞ」
 川井が部下に敵の扱いについて説明したのち、分隊と機兵を乗せた高機動車が出発した。
 非常線を張る位置は曲がりくねった峠道だった。川井は隊員同士が見える範囲で峠道に沿って散開させる。やや離れたところでは、同じように別の分隊が非常線を張っていた。
 道路沿いから見ると鬱蒼と茂った藪が続いて、とても人が入れそうに見えないが、そんななかにもところどころ人の歩けそうなところがある。まるで獣道のようだ。地元の住民が使っている道なのか。
 川井は理斗に指示を出し、機兵で捜索するように命じた。
 理斗は機兵を操縦する。周囲を充分警戒しつつ進める。
 こんなとき、望遠と広角機能のある視界が役に立つ。気になったところをすぐに望遠で拡大すればいいのだ。そして、高感度のマイクも状況をつぶさに伝えてくれる。理斗はどんな音も逃すまいとヘッドフォンに集中した。
 しばらく進めると、平屋が見えてきた。壁自体はコンクリートで出来ており、意外としっかりした作りのようだったが、藪にとり囲まれた建物の屋根はところどころ破れ、葉や枝、埃が破れ目に無造作に載ったままだった。どう見ても廃屋だった。
(何かの作業小屋……だったのか?)
 理斗はカメラで周囲を見渡した。近くには5メートルほどの高さの八木アンテナがかろうじて立っている。そのアンテナの周りを歪んだ金網が取り囲んでいた。アンテナのつくりも家庭用よりもずっといかつく頑健な作りだった。
(観測用?)
 音が響かないように、ゆっくりと機兵を進ませる。
 次第に迫ってくる小屋の壁。ところどころコンクリートが破れたその壁に近づきながら、どの破れ目から中を覗こうか、いや、それとも小屋に何者かが潜んでいれば、機兵の高品質マイクならばそろそろ音を捉えているはずと理斗は音量を上げる。
 機兵の下草を踏む音と、アクチュエーターの音がさらに大きくなるなか、イヤホンに神経を集中させた。
 と、突然背中に強い衝撃を感じた。
 理斗はよろけ前にバランスを崩しながら何事かとゴーグルを上げた。そして叩かれた側を振り向く。
「おいっ何やってるんだっ!」
 怒鳴る川井分隊長に理斗はイヤホンを片側だけ外す。
「敵襲だぞっ! 退避しろっ!」
 川井分隊長が小銃を後方に向け、尻を地面に付けるほどに身を低くしながら横に飛び退る。
 パンパンッという乾いた音が響いた。近くもないが遠くもない。しかし、そんなことよりも機兵の操縦に気を取られてまったく周囲に起こっていた出来事を把握していなかった自分に面食らっていた。
 さっと周囲に眼を走らせると、他の隊員も四散しそれぞれに退避していた。川井分隊長もいつの間にか藪の中に逃げ込んでいる。
 不意を突かれたのか、それとも隊員の誰かが見張りを怠ったのか、それはわからなかった。ともかく確かなのは、敵襲にまったく気付かず、なんの体制もとっておらず、機兵の操縦にだけ集中していた自分の身が最も危険なことだった。
 理斗は川井分隊長と同じく、目の前の藪に飛び込む。もう川井分隊長の姿はない。周りにも味方がいる気配がない。しかし後方からは機銃掃射の音が聞こえる。そしてそれが自分の背後に迫っていた。
「くそっ!」
 理斗は走った。
 この先に機兵がいる。そこまで行けばなんとかなる。
 とっさにそう直感していた。
 しばらく走ると、もう銃声は追ってきていなかった。理斗は足音を忍ばせて機兵の迹を追った。GPSで確かめると、もう五十メートル先にいるだけだった。しかし、それはあくまでも直線状の距離。急な起伏に富んだ藪の中では遥かに遠く感じられた。はからずも直島と似た状況になってしまったことを思い出して、理斗は唇を噛んだ。
(呼ぶか?)
 一瞬そう思ったが、万が一敵が近くにいた場合、機兵が自分の居場所を知らせることになる惧れがある。理斗は自分から近づくことにした。
 GPSで見ながらあと二十メートルとなったところで、理斗は再びイヤホンとゴーグルをした。もう自分の周りには敵がいる気配がなかったうえに、機兵の周囲に敵がいるかどうかも確認したかったのだ。
 イヤホンをし、ゴーグルをおろし――。
「がっ、はっ」
 ゴーグルの映像が見えた刹那、心臓がどくんと大きく脈打った。理斗は飛び出そうになった奇声を必死に押し殺した。
 ゴーグルに映っていたのは迷彩服姿の人影。
 自衛隊員ではない。ひと目でわかる。ゴーグル内の表示も味方と識別していない。誤射を防ぐため、自衛隊員は味方識別信号を出す小さな発信機を持っている。全国の自衛隊員にはまだ行き届いていないが、少なくとも善通寺の隊員は持っているはずだった。発信機を落としている場合もあるため、その場合は慎重に判断しなければならないが、いま目の前にいる人間は決して自衛隊員ではないことは確かだ。
 理斗は素早くマイクを口元に寄せ、スピーカーモードにする。
「手を挙げろ」
 敵が滑稽なほどに慌てふためき、横に飛んだかと思うと低く身構え、銃を機兵に向けた。
 つい先ほどまでに棒立ちだった奇妙な兵士が突然言葉を発したのだ。驚き方が尋常ではなかった。同時に人間でないことをはっきり理解したに違いない。
 敵がとった反撃の姿勢に、理斗も機兵に射撃の姿勢をとらせる。
「つっ!」
 理斗は顔をしかめた。相手が小銃を乱射し、先まで音量を大きくしてたイヤホンがつんざくように理斗の耳を襲う。
 同時に視界が少し揺れる。
 明らかに機兵に数発当たっている。敵はおびえた表情を一瞬見せて建物の陰に転がり込んだ。
 恐らく、機兵に恐怖したのだろうな。
 理斗は機兵の頼もしさをあらためて感じた。
「出て来い。投降しろ」
 そう呼びかけてから理斗は気付いた。
「チッ、日本語じゃ無理か」
作品名:アザーウェイズ 作家名:新川 L